41. ざまぁ(3)
「ダミアン。部屋を見せろ」
「……なぜですか」
「今すぐだ」
ダミアンの顔色が変わった。
伯爵は、その反応を見逃さなかった。
「鍵を開けろ」
「父上、私の部屋です。勝手に――」
「開けろ」
ダミアンはしばらく動かなかった。
だが、伯爵の視線に耐えきれず、観念したように鍵を取り出した。
扉が開く。
伯爵は中へ入り――その場で立ち尽くした。
「……なんだ、これは」
壁一面を埋める服。
棚には、何足もの靴。
引き出しには、時計や宝飾品。
鞄や帽子まで、所狭しと並んでいる。
伯爵が買い与えたものではない。
息子に渡していた金で、買える量でもなかった。
伯爵は、一着の上着を手に取った。
一目で分かる。
最高級品だった。
「これを……全部、エリザ嬢が?」
ダミアンは答えない。
伯爵は隣の衣装部屋の扉を開けた。
そこにも、服や靴がぎっしりと詰め込まれていた。
「……まだあるのか」
三年間。
エリザがダミアンへ注ぎ込んだ、母親の遺産。
その総額がどれほどのものだったのか。
伯爵は、この時初めて目の当たりにした。
「……これを全部、エリザ嬢に買わせたのか」
「違います。エリザが勝手に――」
「まだ言うか!」
伯爵の怒声が響いた。
廊下に控えていた使用人たちが、びくりと身体を震わせる。
伯爵は、その様子を見た。
「お前たち。このことを知っていたのか」
誰も答えない。
「答えろ」
やがて、一人の若い使用人がおずおずと頭を下げた。
「……ダミアン様から、旦那様には決して申し上げぬようにと」
「掃除は?」
「私ども若い使用人だけで行うよう、命じられておりました」
伯爵は目を閉じた。
ただ浪費していたのではない。
父親に知られれば止められる。
ダミアン自身、それを分かっていたのだ。
だから部屋に鍵を掛けた。
立場の弱い使用人だけを中へ入れ、口止めまでしていた。
伯爵は、ゆっくりと目を開いた。
「鍵を掛け、隠していたようだな」
ダミアンは俯いた。
「なら、最後までよく見ておけ」
伯爵は侍従たちを振り返った。
「全部、運び出せ」
「父上!」
侍従たちが、一斉に動き始めた。
服が運び出される。
靴が消える。
時計も。
宝飾品も。
鞄も。
ダミアンは、見ていることしかできなかった。
✥✥✥✥
「ダミアン」
伯爵は、息子を前に座らせた。
「お前は、私に何と言っていた?」
「……」
「母親を亡くしたエリザ嬢が寂しそうだから、自分がそばにいてあげたい。だから婚約したい。そう言ったな」
ダミアンは答えない。
伯爵は苦しそうに息を吐いた。
「私は、お前があの子を思いやっているのだと思っていた」
だから婚約を認めた。
まだ若い二人が出かける時には、ダミアンが恥をかかぬよう、普段より多めに金も持たせていた。
「それなのに……」
伯爵の手が震えた。
「ロズウェル伯爵が怒鳴り込んできた時でさえ、私はここまでだとは思っていなかった」
多少の贈り物はあったのだろう。
エリザがダミアンに夢中になり、服の一着や二着を買ったこともあったのだろう。
その程度だと思っていた。
自分もダミアンへ十分な金を渡していた。
だから、ロズウェル伯爵の言葉を、そのまま信じることができなかった。
それでも息子に非がなかったとは思わず、謹慎させた。
そして、金遣いの荒い娘を伯爵家へ迎えるわけにはいかないと、婚約破棄を受け入れた。
だが――。
「まだ幼いエリザ嬢に……あれほどのものを買わせていたのか」
「だから、あれはエリザが勝手に――」
伯爵は、しばらく息子を見つめた。
「お前は……どうして、そうなんだ」
怒鳴る声よりも、その一言の方が重かった。
「部屋にあったものは、すべて売り払う」
「父上!」
「服飾店への未払いを清算する。残りについては、ロズウェル伯爵と話をつける」
「待ってください!」
「それでも足りなければ、お前のために貯めていた金を使う」
ダミアンが立ち上がった。
「そんな!」
「わかったな」
「ですが、エリザが勝手に買ったものです! 服飾店の代金だって、払うつもりでした!」
伯爵の顔が歪んだ。
「……まだ言うのか」
「父上、僕は――」
「もういい」
伯爵は目を閉じた。
そして、静かに告げた。
「ベルクール家は、お前には継がせない」
ダミアンの顔から血の気が引いた。
「……何を」
「弟に継がせる」
「待ってください!」
ダミアンは青ざめたまま、父親へ詰め寄った。
「父上! 僕はこの家を継ぐために、エリザと別れたんですよ!」
伯爵は、黙って息子を見た。
「ああ」
低い声だった。
「覚えている」
あの日。
エリザが伯爵家を追い出された時。
伯爵は息子に言った。
――エリザ嬢がそれほど好きなら、一緒になって平民へ落ちろ。
ダミアンは拒んだ。
伯爵家を継ぎたい。
だから、エリザとは別れる。
そう言った。
伯爵は、ゆっくりと立ち上がった。
「望み通り、エリザ嬢とは別れた」
そう、エリザ嬢を利用して捨てた。
「お前一人で、平民に堕ちろ!」




