39. ざまぁ
会場の片隅で、ベロニカは不機嫌そうにグラスを傾けていた。
周囲には、先程までブルーローズの悪口を言っていた令嬢たちがいる。
その時――。
「あら?」
一人の令嬢が、入口を見た。
「ベロニカ。あれ……」
ベロニカが振り返る。
そして、目を見開いた。
「……エリザ?」
聞き覚えのある声に、エリザも振り返った。
「ベロニカ、お久し振りね」
「なんで、平民のエリザがこんな所にいるのよ」
思わず声が大きくなる。
周囲の視線が集まった。
ブルーローズのドレスのことで、少々冷静さを失っていた。
ベロニカは、エリザを指差した。
「皆さん、聞いて」
エリザの表情が僅かに曇る。
「この女、母親の形見を売ろうとして、家を勘当されたのよ」
ざわり。
周囲が騒めいた。
「その後、私の家に来たの。平民になったことを隠して、そのまま居座るつもりだったのよ」
「まあ……」
「厚かましい」
令嬢たちから声が上がる。
「さすが平民ね」
ベロニカが笑った。
「平民のあなたが来る場所ではないのよ」
一人の令嬢が扇で口元を隠した。
「そういえば、平民って毎日お風呂に入れないのでしょう?」
「嫌だわ」
ベロニカが鼻を押さえる。
「……匂うわ」
クスクスと笑い声が漏れた。
エリザは、何も言わなかった。
ただ、彼女たちを見ていた。
自分は――。
こんな人たちを、友達だと思っていたのか。
「あら?」
ベロニカの視線が、エリザのドレスで止まった。
「それ、ブルーローズじゃない」
先程まで笑っていた令嬢たちの顔が変わる。
「本当だわ」
「どうして平民が……」
ベロニカが、エリザのドレスを上から下まで眺めた。
そして、にやりと笑う。
「平民のあなたに買えるドレスではないわよね」
「誰かに囲われて、買ってもらったんじゃない?」
「まあ」
「だから晩餐会にも入れたのね」
再び笑い声が起こる。
ベロニカは楽しそうにエリザを見る。
「お相手はどなたかしら?」
その時――。
「私のことを呼んだかね?」
低い声が、背後から聞こえた。
ベロニカの笑顔が止まる。
周囲が一斉に振り返った。
会場中が、どよめいた。
「アシュベリー侯爵……」
「あまり社交界に顔を出さないアシュベリー侯爵が?」
「いつも母親と連れ立っているオスカー様が。信じられないわ」
アシュベリー侯爵家の一人息子。
巨万の富を持つアシュベリー家との縁を望む家は多い。
加えて、オスカー自身の風貌も申し分なかった。
嫉妬。
好奇心。
様々な感情を含んだ視線の中を、オスカーは真っ直ぐ歩いてくる。
そして――。
エリザの隣に立った。
「オ、オスカー様……?」
ベロニカの顔から、血の気が引いていく。
オスカーはエリザを見る。
「待たせてすまなかった」
「いいえ」
エリザは、そっとオスカーの腕に触れた。
その仕草に、周囲がざわめく。
オスカーがベロニカを見る。
先程までの穏やかな表情は消えていた。
「エリザ嬢は、私の婚約者だが」
「はぁ……?」
周囲が再びざわめき始めた。
「婚約者?」
「アシュベリー侯爵の?」
「平民ではなかったのか?」
先程まで笑っていた令嬢たちが、口を閉ざす。
エリザは、ベロニカを見た。
「それより先程、聞こえてきましたが、ブルーローズがお嫌いだとか」
「なっ……」
「せっかく友達のよしみで、紹介しましたのに……」
ほぅ……。
エリザは残念そうにため息をついた。
「なんでエリザなんかに言われなきゃならないのよ?」
ベロニカが声を荒らげる。
オスカーの目が鋭くなった。
「何を言っている」
そして、静かに告げた。
「エリザ嬢は、ブルーローズのオーナーだ」
その一言で――。
会場中が、先程よりも大きくざわめいた。
「まさか、あの女性が?」
「あんなに若いのに、ブルーローズを立ち上げたのか」
「では、あのドレスも?」
誰もが驚き、エリザへ視線を向ける。
ベロニカは慌てて切り替えした。
「エリザ、あなたと会えなくなって、本当は心配してたのよ…ねぇ、皆さん…」
ベロニカが眉根を下げる。
「そうそう…私達もエリザさんと友達に戻りたかったのよね…」
門前払いした友達も加勢する。
「それに、私達、別にブルーローズが嫌いなわけではないの。だから、お友達として紹介してくださるかしら?」
恥ずかしげもなく言い放つ。
エリザは微笑んだ。
「平民の私とでは、お友達は無理でしょう?」
「それに――ブルーローズは、素敵な女性のものです」
そう言い残すと、エリザはオスカーと共に踵を返した。
周囲から、クスクスと笑い声が漏れる。
元友人たちは、ただ項垂れた。
会場を歩く令嬢たちのドレスが、軽やかに揺れる。
ブルーローズのドレス。
今、社交界で最も注目を集めているドレスだった。
そんな中――。
裾を大きく広げたドレスを着た女性たちだけが、青ざめていた。
ブルーローズのドレスが二度と手に入らないと。




