36. ドレスという名の階段(2)
「職人たちは、今どうしているんですか?」
エリザが尋ねた。
マーサが、にやりと笑う。
「エリザ。そこに気づいたかい」
「え?」
仲介人も嬉しそうに口を開いた。
「皆さん、まだ次の働き口を探しているはずですよ。女性が働きやすいと評判のブルーローズさんに雇ってもらえるなら、彼女たちも喜ぶでしょう」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「今、名簿を用意しますから」
「そういう意味では……」
仲介人は、さっさと奥へ行ってしまった。
エリザは慌てた。
何の気なしに聞いただけなのに、どんどん話が大きくなっていく。
「エリザ、良かったじゃないかい。人材まで揃って」
マーサは満足そうである。
(よくはない……)
昨日、少しドレスのデザインを考えただけなのだ。
それなのに――。
貴族街に店が決まり。
今度は職人まで揃おうとしている。
そして、家賃は金貨三十枚である。
(ちょっと考えたドレスの話で、これはおかしい……)
エリザは、この不条理な状況に震えるしかなかった。
✥✥✥✥
「家賃ばかり払うのはもったいない。すぐに準備に取り掛かるよ」
こうしてエリザは、やるしかない状況に追い込まれた。
以前は男性向けの服飾店だったため、内装は貴族子女向けの華やかなものへと変えることになった。
改装費は、以前の横領事件の補填としてアシュベリー商会が負担してくれた。
人材もすぐに集まった。
以前の店長を副店長に据え、辞めていた従業員たちにも声を掛けると、多くが戻って来てくれた。
エリザは、かつて客としてこの店を訪れていた頃から、店員たちの丁寧な対応を気に入っていた。
だからこそ、ぜひ働いてほしかったのだ。
そして、新しい店長として迎えたのは――エリザの刺繍の先生だった。
多くの貴族子女に刺繍を教えてきた人物で、その人脈も信頼も厚い。
すでに隠居し、田舎でのんびり暮らすつもりだった先生を、エリザとオスカーが二人がかりで説き伏せた。
こうして先生は、ブルーローズ服飾部門の店長を引き受けてくれることになった。
開店までの三か月。
一階で内装工事が進む一方、二階では別の準備が始まっていた。
「もっと優雅に歩いて」
先生の厳しい声が飛ぶ。
教えられているのは、工房で働いていた女性たちだった。
なぜ職人に、貴族相手のマナーを教えているのか。
それは、エリザが考えた新しい仕組みに理由があった。
ブルーローズでは、貴族子女一人につき、一人の職人が担当につく。
担当となった職人自身が客の希望を聞き、デザインを考え、最後の縫製まで手掛ける。
間に人を挟まず、作る本人が直接話を聞くことで、細かな好みにまで対応できる。
もちろん、全員がすぐに担当を持てるわけではない。
育児などで時間に制限のある者や、まだ一人でドレスを仕立てるだけの技術に達していない者には、担当職人の補助についてもらった。
裁断。刺繍。縫製。
一着のドレスを作る中で、自分のできる仕事を受け持つ。
そして補助したドレスの枚数に応じて、きちんと報酬も支払われた。
技術を身につければ、いつか自分も担当を持てる。
自分でデザインしたドレスを、自分の手で作ることができる。
ブルーローズで働く女性たちには、目指す場所がはっきりと見えていた。
すなわち――。
エリザは、職人を表に立たせることにしたのだ。
そして、それぞれの貴族子女の性格や好みを見ながら、最も相性のいい職人を担当につける。
それが、店長となった先生の仕事だった。




