33. 人との繋がり
「エリザ様、お久し振りです」
あの時の執事が立っていた。
「お久し振りです。あの時は、本当にありがとうございました」
エリザは深く頭を下げた。
「人として、当たり前のことをしただけですよ」
執事は優しく答えた。
「いいえ。あの時の心遣いがあったから、私は今、こうして生きていけています。本当にあなたのおかげです」
「私は、きっかけを差し上げただけです。ここまで来られたのは、エリザ様のお力ですよ」
穏やかな声だった。
「申し遅れました。私はウォルターと申します」
そう言って、執事の礼を取る。
(エリザ、お前さん、とんでもない奴を引っ張ってきたね)
マーサは目を細めた。
「改めまして、私はエリザです。もう貴族ではございませんので、ただのエリザとお呼びください」
「分かりました。では、エリザ嬢と呼ばせていただきます」
振る舞いも、頭の回転も抜群にいい。
「あの……どうして、あの時助けてくださったんですか?」
エリザは、ずっと気になっていた。
「かしこまりました。ご説明いたしましょう」
ウォルターはマーサへ目を向けた。
「こちらにおられる、前侯爵夫人アシュベリー様の影響でございます」
「私の?」
マーサが目を瞬いた。
「私は、アシュベリー商会を立ち上げられた頃から存じ上げておりました」
ウォルターは静かに話し始めた。
「商会を立ち上げて間もない頃、マーサ様は私の元主人に取引を持ちかけられました」
『女などと取引するものか』
そんな言葉を投げかけられ、屋敷を追い出された。
「それからも気になり、執事仲間に会うたび、それとなく話を聞いておりました。どこの屋敷でも、同じように断られていたそうです」
それでも、マーサは諦めなかった。
そしてとうとう、隣国の女王と貴重な宝石の独占契約を結んだ。
「私は、アシュベリー商会が大きくなっていく姿を、ずっと見て参りました」
ウォルターは小さく笑った。
「元主人は今でも悔しがっております。あの時、取引をしていれば、と」
マーサは黙って聞いていた。
「前侯爵夫人でありながら、マーサと名乗り、平民と商売をし、分け隔てなく付き合っておられる。その姿を見て、私は身分で人を見るものではないと思うようになりました」
そして、エリザを見る。
「ですから、あの日のエリザ嬢を見て、マーサ様なら助けてくださるかもしれないと思ったのです」
マーサは目を見開いた。
「……まさか」
声が、わずかに震えた。
「あの頃の私を、見てくれていた人がいたのかい」
「ええ。少なくとも、私は」
ウォルターは静かに頭を下げた。
「そして今、アシュベリー商会からお声を掛けていただいた。エリザ嬢には感謝しております」
オスカーの顔は誇らしげだった。
「ありがとう。こちらも、来てくれたことに感謝している」
そして、契約書を取り出した。
「では、契約内容を詰めましょう」
エリザは、ブルーローズとの契約でお願いしていた。
契約書に書かれたウォルターの年俸を見る。
とんでもない額だった。
さっきまでの嬉しさが、どこかへ飛んでいきそうになる。
「この内容でよろしいですか?」
(私は、よろしくない……)
以前勤めていた報酬に二割上乗せして契約書を書いてください。
そうオスカーにお願いしたのは、エリザである。
今さら嫌だとは言えない。
エリザの手元から、またお金が溶けていくのだった。
ただ、ウォルターはすぐに、ブルーローズになくてはならない人になった。
帳簿から接客、在庫調整まで、店のあらゆることを管理した。
エリザが経営者として成長できたのも、ウォルターのおかげである。
そしてしばらく経った頃。
遠くにあった家を引き払い、平民街にあるマーサの家へと引っ越してきたのだった。




