29. ブルーローズ開店です。
店の入口に、新しい看板が掛けられた。
『Blue Rose』
青いバラ。
エリザが初めて、自分の力でお金を稼いだ刺繍だった。
店のロゴは、四つ葉のクローバーをくわえた青い鳥。
真似をされて、売るのをやめた。
けれど、あのハンカチがなければ、今ここにはいない。
「ブルーローズ……」
エリザは看板を見上げた。
「素敵ね」
「自分でつけたんだろう」
マーサが呆れたように言う。
「そうだけど、看板になると違うのよ」
エリザは少しだけ胸を張った。
今日、ブルーローズが開店する。
✥✥✥✥
「マーサ、お客様来てくれるかしら?」
「そんなの、やってみないとわかるわけないだろう」
相変わらずのエリザとマーサである。
「エリザ。お前さん、店には立たないんだってね」
「うん……知り合いが来るかもしれないし。元伯爵令嬢が商売を始めたなんて、外聞も悪いでしょう?」
マーサは、その言葉が嫌いだった。
アシュベリー商会を始めた頃も散々言われた。
女が商売をするなんて恥ずかしい。
女が代表を務める商会とは取り引きしない。
思い出すだけで腹が立つ。
けれど、だからこそエリザに表へ出ろとは言えなかった。
まだ十七歳になったばかり。
勘当までされている。
矢面に立たせるには、不憫すぎた。
「まあ、いいさ。裏にいな」
ここからは、大人の仕事だ。
マーサは商売人の顔になった。
✥✥✥✥
「母さん、凄い列だよ!」
興奮したオスカーが、バックヤードへ飛び込んできた。
「何言ってるんだい。エリザならやると思って、こっちは金を出してるんだよ」
マーサは平然としている。
「お前はさっさと、テープカットで言う台詞でも考えな」
開店にはまだ早い。
それなのに、店の前には長い列ができていた。
大々的に広告を打ったわけではない。
けれど、変わった条件で人を募集する工房は話題になり、新聞社が何度も取材に訪れた。
子どもを連れて働ける工房。
そして、アシュベリー商会が新しく始める店。
いつの間にか、開店前から人々の関心を集めていた。
「エリザ嬢、本当に凄いね」
オスカーは窓から列を眺めた。
「ほとんど広告費も掛けていないのに、商品を一つも売る前からこれだけ人を集めてる」
それから、少し照れたように頭をかいた。
「僕も初心に返ったよ。まだまだだって」
「ほぅ……」
マーサはオスカーを見て、目を細めた。
✥✥✥✥
ザク。
テープが切られた。
オスカーとマーサが開店の挨拶をする。
商品だけを買いに来た人。
喫茶店を利用する人。
菓子だけを買っていく人。
それぞれの入口にロープを張ったため、客が一ヶ所に集中することはなかった。
喫茶店は時間制にし、整理券を配布した。
熟練したアシュベリー商会の従業員を中心に、店が回っていく。
次から次へと、客が店の中へ吸い込まれていった。
ブルーローズの商品も、凄い勢いで売れていく。
店を出てきた客に、取材陣が声を掛けた。
「ブルーローズ、素敵でした! 巻きスカートが特に可愛くて。私、二枚も買っちゃいました」
若い女性が、興奮気味に袋を見せる。
「アシュベリー商会のお菓子が食べられるなんて、夢みたいです。名前は知っていましたけど、貴族街にはとても入れませんでしたから」
裕福そうな女性が、ほくほく顔で答えた。
「それに、このティーポットカバーも買いました。家でのんびりお茶をするんです」
客たちは、それぞれ満足そうに店を後にした。




