27. 開店までの準備(3)
説明を終えると、早速準備が始まった。
まずは巻きスカートから。
本来なら、商品ごとに担当を決めた方が効率はいい。
けれどエリザは、そうしなかった。
誰かが休めば、その商品の生産が止まる。技術も偏る。
それに――同じものばかり作るのは、きっと飽きる。
長い目で見れば、全員がどの商品も作れる方がいい。
カノネェが、裁断から縫製、刺繍まで次々と指示を出していく。
(凄いわね……)
エリザは、その様子をじっと見ていた。
(私みたいに、趣味で刺繍をしてきたのとは違うわ。これがプロなのね)
人が動き、布が切られ、次々と工程が進んでいく。
初めて見る工房の仕事に、エリザはすっかり見入っていた。
それまで黙って座っていたマーサが、ようやく立ち上がった。
「これなら、現場は任せて大丈夫そうだね。さて、私らは別の仕事に取り掛かろうか」
マーサに連れられ、家を出る。
そこでエリザはギョッとした。
家の前に、護衛が立っている。
「説明してなくて悪かったね。ここはこれからアシュベリー商会の生命線になる。念のため、警備を置いたよ」
「生命線……?」
マーサは答えず歩き出した。
どうやらエリザは、まだ自分たちが作ろうとしているものの価値を分かっていないらしい。
二人は平民街の大通りへ出た。
老舗の店や喫茶店が並ぶ、華やかな通りだった。
(本当に、この街は栄えているのね)
改めて辺りを眺めていると、マーサが聞いた。
「エリザ。お前さん、店は決めたかい?」
「あ」
エリザは固まった。
今までは、他の店に商品を置いてもらっていた。
けれど、アシュベリー商会の新しいブランドが、いつまでも他人の店に置いてもらうのもおかしい。
今、初めて気がついた。
「だと思ったよ。だから、こっちで用意しておいた」
マーサが立ち止まった。
目の前には、大きな店があった。
しかも、テラスまである。
「マーサ……商品を売るには、広すぎない?」
「そりゃそうさ。喫茶店も併設するからね」
「喫茶店?」
「お前さんがハンカチを置いていた店を見て、面白いと思ってね。アシュベリー商会の菓子と紅茶も出す」
マーサは店内を見渡した。
「平民向けの菓子も展開したかったところさ。それに、ティーポットカバーや巻きスカートも、実際に使って見せられる」
なるほど。
商品を並べるだけの店ではないらしい。
「ここは大通りだ。馬車もつけやすい。裕福な平民から、お忍びの貴族まで狙えるよ」
エリザの顔が引きつった。
(……家賃、いくらなのかしら)
嫌な予感しかしない。
「月に金貨十枚だね」
「十枚!?」
「菓子はアシュベリー商会の商売でもある。半分はこちらで持つよ。お前さんは金貨五枚でいい」
全然よくない。
エリザの顔から血の気が引いた。
(侯爵邸の家賃。工房の家賃。それから、お店の家賃……)
家賃だけで、月に金貨六枚。
材料を買う。
商品が出来上がれば、皆にもお金を払う。
(……いくらあっても足りないわ)
ふと、ダミアンの顔が浮かんだ。
(あんなに払わなければよかった)
できることなら、過去に戻って自分を殴ってでも止めたい。
そこでエリザは、はっとした。
頬に手を当てる。
(そういえば……私、お父様に殴られたわ)
母の宝石を持ち出そうとした、あの日。
(もしかして――)
エリザは遠い目をした。
(あの時のお父様、今の私と同じ気持ちだったのかもしれないわ……)




