24. まずは人材集めましょう。(3)
困ったことになった。
面接開始の少し前。
エリザが新しい工房へ向かうと、すでに大勢の女性が並んでいた。
五十人近くはいる。
(うそ……こんなに?)
エリザは慌てて工房へ入った。
列には赤ちゃんを背負った女性もいれば、子どもの手を繋いだ女性もいる。
若い女性から、中年の女性まで様々だった。
(そうだわ……)
エリザは実技試験用に用意していた布を取り出すと、次々とハンカチほどの大きさに切っていった。
それから紙に日時を書き込んでいく。
準備を終えると、列の前に立った。
「皆さん、本日は来ていただき、ありがとうございます」
一斉に視線が集まる。
「お待ちいただくのも大変ですし、子どもたちも飽きてしまうと思いますので、今日は経歴を書いた紙と、この布を交換させていただきます」
エリザは布を一枚掲げた。
「これをハンカチに仕立てて、刺繍を一つ入れてきてください。図柄は何でも構いません」
女性たちがざわめいた。
「紙に書かれた日時にもう一度来てください。その時に作品を見せていただいて、一人ずつお話をさせていただきます。よろしくお願いします」
エリザは列の先頭から経歴書を受け取り、代わりに布と日時を書いた紙を渡していった。
受け取った女性たちは、順番に帰っていく。
あれほど長かった列は、思ったより早くなくなった。
工房で、マーサとエリザはお茶を飲んでいた。
「マーサ、凄い数の方が来てくださったわね」
「私も驚いたよ。まさか、あんなに来るとはね」
エリザは集まった経歴書を一枚ずつ見ていった。
有名な服飾店の工房で働いていた者。
商品の図案を描いていた者。
現場を任されていた者までいる。
「マーサ、凄いわ」
エリザは経歴書をぺらぺらとめくった。
「皆さん、十六歳くらいから奉公に出たり、下働きから始めたりしてる。一人前になった頃に子どもが生まれて、仕事を辞めた方が多いみたい」
「そうだろうね」
マーサは少し寂しそうな目をした。
「信頼が大切な世界だからね。子どもが熱を出しただの、急に休むだのが続けば、店の方も仕事を任せにくくなる」
「育児を終えたのに、再び働く場所が見つからなかった方も十人くらいいるわ」
エリザは少し考えた。
「まずは、その方たちに多めに工房へ来てもらえばいいんじゃないかしら。慣れてきたら、子育て中のお母さんたちにも少しずつ仕事をお願いするの」
マーサが眉を上げた。
「エリザ、お前さん……全員雇う気かい?」
「ええ」
エリザは不思議そうにマーサを見た。
「だって、そのうち人が足りなくなるでしょう?」
さらりと言うエリザを、マーサは黙って見つめた。
五十人。
マーサには多すぎるように思えた。
けれどエリザには、そうではないらしい。
(この子には、もうその先が見えてるんだね)
マーサは優しい目でエリザを見つめた。
明日から、一人ずつ面接が始まる。
✥✥✥✥
持参されたハンカチは、どれも縫製がしっかりしていた。
端の始末も綺麗で、刺繍も申し分ない。
アシュベリー商会の名で募集したからか、腕に覚えのある者ばかりが集まったらしい。
(これなら、教える手間も少なくて済みそうね)
エリザは安堵した。
「子どもがいても、本当に働けますか?」
面接に来た女性が、不安そうに尋ねた。
「納期に間に合わないこともあるかもしれません。急に熱を出したりすると、どうしても……」
不思議なことに、子育て中の女性は皆、同じことを聞いた。
(それだけ納期の厳しい世界だったのね)
エリザは経歴書へ目を落とした。
十六歳頃から奉公に出て、下働きから技術を身につけた者ばかりだ。
きっと皆、自分の仕事に誇りを持っていたのだろう。
「大丈夫です。納期は目安だと思ってください」
「でも、間に合わなかったら……」
「出来上がった時に持ってきてください。検品に合格したものは、その場でお支払いします」
女性は驚いた顔をした。
「何も言わずに遅れてしまっても、ですか?」
「ええ。子どもが病気の時に、わざわざ工房まで知らせに来るのも大変でしょう?」
エリザは当然のように答えた。
今回、五十人近くの職人が集まっている。
一人に多くの仕事を任せる必要はない。
大勢に少しずつ頼めば、誰かが遅れても、他の者が作った商品が届く。
必要なのは、一人一人が決められた日に持ってくることではない。
全体で、必要な数の商品が揃うことだった。
「ですから、お子さんに何かあった時は、そばにいてあげてください。仕事は、出来る時にしていただければ大丈夫です」
女性の目に、じわりと涙が浮かんだ。
「……ありがとうございます」
その後に面接した女性も、同じだった。
ほっとしたように笑う者。
何度も頭を下げる者。
黙って涙を拭う者までいた。
エリザは少し戸惑った。
子どもが熱を出すのは、その人のせいではない。
それなのに、こんなに腕のある人たちが、子どもを育てるために仕事を諦めてきたのだろうか。
エリザは少しだけ胸が痛んだ。
そして、また一人。
小さな子どもの手を引いた女性が、工房へ入ってきた。




