20. マーサの回想
帰りは、もちろん歩きだった。
「あんな目立つ物に乗ってたら、すぐに貴族だとバレちまう。私は今の生活が気に入っているんだい」
エリザは首を傾げた。
「侯爵夫人なら、わざわざ働かなくても良かったんじゃないかしら?私も伯爵令嬢のままなら、仕事なんてしなかったわ」
「そうだね。私は、意地だったんだよ。遺産狙いだなんだと言われていたからね。頭にきて、その当時の侯爵家の財産以上に財産を築いてやろうと決めたんだ」
そして、マーサは遠い目をして語りだした。
「私はねぇ、生まれは貧乏な田舎の子爵家さ。 貴族とは名ばかりの、平民みたいな生活だったよ。土地も痩せていて、冬は雪深く、過酷な生活だった。
ただ父親は勤勉で、領民の生活を守るのを善とする立派な人だった。貧しくても勉強はさせてくれて、感謝しているよ。母親は優しくてね。生活は大変だったけど、幸せだった」
エリザは下を向いた。
あんなに恵まれた生活だったのに、勉強もせずにダミアンと遊び惚けていた。お母様の遺してくれた遺産を使い果たし、さらには……。
あの生活が当たり前だと思っていた。
「年頃になると、勉強の甲斐もあって、今の侯爵家に侍女として雇われた。給金も十分に頂けてね。両親もとても喜んでくれたよ。あちこち風が入っていた家を直して、暖かく過ごせるようになったって」
エリザは、生活の大変さをまだ僅かしか知らない。
今までの行いが恥ずかしく思えた。
「私の夫は、美丈夫でよくモテたよ。それなのに、私なんかに惚れちまってね。断っても断っても何度もプロポーズしてきて……本当に不思議な人だった」
そう言うマーサの顔は、どこか乙女だった。
「そんな時だったよ。私を雇ってくれた侯爵様と夫人が亡くなったのは。悲しみに暮れながら、侯爵の仕事まで背負う夫を支えたくてね。プロポーズを受けたんだ」
エリザは思った。
なんて私は、おままごとのような婚約をしていたんだろう。
「初めは、侍女だった私が突然侯爵夫人になって家を仕切りだしたから、反発もあった。ただ、夫が味方になって私を助けてくれたんだ。お互い寝る間も惜しんで、家を守ったよ」
マーサは懐かしそうに笑った。
「少し余裕ができて社交界に出たら、出たで、今度は貴族達にいじめられてね。夫はモテたから嫉妬さ。みんな、自分が侯爵夫人になるものと思っていたのかも知れないね」
少し間を置いて、マーサは続けた。
「なかなか子どもにも恵まれなくてね。その上、夫は一人息子だったから、縁者や周りの貴族が、やれ離縁しろだ、愛人を作れだの煩かったよ。ただ、夫は頑として受け入れなかった。嬉しかったね。 随分遅くにできたのが、オスカーだったのさ」
エリザは頷くことしかできなかった。
「夫が10年前に亡くなったんだよ。一生守るって言ったのに」
マーサは少しだけ寂しそうに笑った。
「オスカーもまだ若かったしね。それなのに今度は、遺産狙いだなんだって……」
エリザは、最初にマーサが言った言葉を思い出した。
「それで……侯爵家よりお金持ちになろうとしたの?」
「ああ。頭にきたからね」
マーサは、あっさりと言った。
「がむしゃらに働いていたら、気がついた時には商会が大きくなってたよ。それから商会をオスカーに引き継いで、隠居生活をしていたら――エリザ、お前さんに会ったのさ」
エリザは、自分の人生を振り返った。
俯くことしかできなかった。




