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『貢いで貢いで貢いだ先に何がありますか? ~エリザが再起を遂げるまで~』  作者: 蒼


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18/44

18. 実は私は……

「エリザ、お前さん、あの山を全部使っちまったのかい!?」

マーサが、すっかり綺麗になったリビングを見渡して声を上げた。


「そうなの。昨日持っていった分で最後よ」

エリザは嬉しそうに答えた。


せっせ、せっせとハンカチを作り続け、気付けば半年が経っていた。


「もう作らないのかい?」

「うん。作らないわ」

エリザはあっさり答えた。

「だって、真似した商品が出てきたもの。これからは、今までほど売れなくなるわ」

「ほぅ……」

「お店の方たちも、ハンカチのおかげで他の商品まで売れたからって、少し多めにお金をくださったの。だから、まだ余裕もあるわ」


それから、思い出したように付け加える。

「ドレスも、流行遅れになる前に全部売ったわ。お金は銀行に預けたの」


マーサは片眉を上げた。

(相変わらず、商売の嗅覚は一流だね)

売れるうちは売る。

真似する者が増えれば、さっさと手を引く。

ドレスも価値が落ちる前に現金に換えた。

半年前まで、金は使えばなくなることすら知らなかった娘とは思えない。


「それで、これからはどうするんだい?」

その瞬間。

エリザの顔が、ぱっと輝いた。

「マーサにだけ話すんだけどね」

「なんだい?」

「新しいものを考えたの」


エリザは嬉しそうに一枚の図面を取り出した。

「ほら」

マーサが図面を見る。

その目が、かっと見開かれた。

「エリザ」

「なあに?」

「その図面、今すぐ片付けな」

「え?」

「出かけるよ。ついてきな」

マーサは立ち上がると、すぐに外へ出ようとする。

「ちょ、ちょっと待って!」

エリザは慌てて鏡の前へ行き、ささっと髪を整えた。


✥✥✥✥


マーサの後をついて歩いているうちに、エリザの足取りがだんだん重くなった。

見覚えのある街並み。

行き交う馬車。

着飾った人々。

ここは――。


「マーサ」

「なんだい?」

「ここ、貴族街よね?」

「そうだね」

エリザは立ち止まった。


「いくらマーサでも、私は貴族街には行けないわ」

自分の服を見る。

平民になってから買った、質素な服。

「私はもう、貴族じゃないもの……」

エリザは俯いた。


知っている誰かに会うかもしれない。

そう思っただけで、足がすくんだ。


マーサが振り返る。

「エリザ。お前さん、悔しくないのかい?」

「え?」

「お前を裏切った連中を、見返したくないのかい?」

悪魔のような囁きだった。

「そ……それは……」

エリザの心が揺れる。

マーサはさらに畳みかけた。

「それにエリザ」

「なに?」

「お前さん、毎日風呂に入りたいんだろ?」

「…………はい」

「なら決まりだ。ついてきな」


マーサは再び、勢いよく歩き始めた。

エリザは慌てて後を追う。


誰かに見つかりませんように。

できるだけマーサの背中に隠れるようにして、俯きながら歩いた。


ゴツン。


「痛っ!」

突然、鼻先をぶつけた。

顔を上げる。

そこにあったのは――。


貴族街でもひときわ大きな建物。


アシュベリー商会だった。


エリザの足がすくんだ。

「マーサ。さすがにこの格好では失礼だわ」

「何がだい」

「入れてもらえないかもしれないし……ねぇ、帰りましょう?」

「うるさい子だね。黙って付いておいで」

マーサは、さっさと入口へ向かっていく。

「ちょ、マーサ!」

エリザはあわあわしながら、その後を追った。 


すると――。

入口に立っていたボーイが、すっと扉を開けた。

「おかえりなさいませ」

エリザがきょとんとする。

(……おかえりなさいませ?)

なぜ?


だが、マーサは何事もなかったかのように中へ入っていく。

エリザには、もう訳が分からない。

マーサは奥にある昇降機へ乗り込んだ。

エリザも慌てて後を追う。


扉が閉まり、ゆっくりと五階へ上がっていく。


チン。


扉が開く。

そこには、ふかふかの赤い絨毯が敷かれていた。

エリザは目を丸くする。


(ここ……聞いたことがあるわ)

一部の上得意だけが入ることのできる特別な階。

世に出回る前の商品や、一般には売られない品を見せてもらえるという。


エリザは久しぶりに踏む柔らかな絨毯の感触を味わいながら、きょろきょろと辺りを見回した。

そのままマーサの後を付いていく。


一番奥。

重厚な扉の前で、マーサが立ち止まった。 


ドンドン!


相変わらず力強い。

返事も待たず、


ガチャリ。


マーサは扉を開けた。

(すごいわね、マーサ。どこへ行ってもそのままなのね……)


部屋の奥。

大きな机に、一人の男性が座っていた。


金色の髪。

利発そうな顔立ち。


男性はマーサを見るなり、ため息交じりに口を開いた。

「突然来て、どうしたんだい。母さん」

(母さん?)

エリザが瞬きをする。

(……誰が?)

「うるさいね。元は私の店だ。いつ来たっていいだろう」

(元は私の店?)


エリザの目が大きくなる。

(…………え?)

(ええええぇぇぇ!?)


マーサがくるりと振り返った。

「すまないね、エリザ。今まで黙っていて」

そして、少しだけ申し訳なさそうに笑った。 


「私の本名は、ヴィヴィアン・アシュベリー」

隣の男性を指す。

「こっちが息子のオスカー・アシュベリーだ」


エリザの顔から血の気が引いた。

「前アシュベリー侯爵夫人!?」

身体が勝手に動いた。


「今までの数々のご無礼、申し訳ございませんでした!」

勢いよく頭を下げる。

「頭を上げな」

マーサ――ヴィヴィアンが、ぴしゃりと言った。

「隠していたのはこっちだ。それに今は隠居した身。私はただのマーサさ」

「ですが……」

「今まで通りにするんだよ。それと、言いふらすんじゃないよ」

「……はい」

エリザは恐る恐る頭を上げた。


「母さん。それじゃあ、お嬢さんも驚きますよ」


オスカーが苦笑しながら立ち上がった。

「どうぞ。お掛けください」

物腰柔らかに、二人をソファへ案内する。


「それで今日は、どうしたんです?」

「エリザ」

マーサが言った。


「さっきの図面を出すんだよ」

「あ、はい!」

エリザは急いで鞄から図面を取り出した。

オスカーが受け取る。

「どれどれ……」

図面に目を落とした。


そして――。

「これは……」

目を見開く。

その表情は、先ほどのマーサとそっくりだった。

(……親子だわ)

オスカーは図面から顔を上げた。

「君は……」

「エリザです」

「ああ、そうだったね。エリザ嬢」

もう一度、図面を見る。

「これは、君が考えたのかい?」

「はい……そうですが……」

オスカーの目が変わった。


先ほどまでの柔らかな雰囲気はどこへやら。

図面を見つめる目が、ぎらぎらと輝いている。

「素晴らしい」

「え?」

「ぜひ、詳しく話を聞かせてほしい」

オスカーが身を乗り出した。


エリザは思わず身体を引く。

(……なんなの?)

マーサは満足そうに笑っている。

オスカーは図面に釘付け。


そしてエリザだけが――。

まったく状況についていけていなかった。

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