16章 商売の才能
「エリザ、その大量の布の山、どうしたんだい?」
いつものようにやって来たマーサは、ドアを開けた途端、大声を上げた。
部屋の中には、布の巻物が山のように積まれている。
「昨日、雑貨屋の店員さんが来られて、追加で置いてほしいんですって。だからドレスを売って、布を買ってきたのよ」
「……何巻買ったんだい?」
「薄いピンクは三十巻よ。それから水色を三巻と、白を二巻」
「…………三十?」
マーサは目を見開いた。
「エリザ。だからって、そんなに買う必要はなかったんじゃないかい?」
「ああ、これね」
エリザは何でもないことのように答えた。
「ハンカチが流行りだしたら、真似する人が出てくるでしょう?」
「……まあ、そうだね」
「そうしたら、薄いピンクの布が品薄になるかもしれないでしょう? だから、今のうちに買っておこうと思ったの」
マーサは黙った。
「裁縫屋さんに聞いたら、平民街にもう一軒、小さな裁縫屋さんがあるって教えてくれたから、そちらの在庫も全部買ったのよ。たくさん買ったからって、無料でここまで運んでくださったわ」
エリザは何の気なしに話している。
マーサの腕に、ぞくぞくと鳥肌が立った。
(この子は、商売を肌感覚で分かっているね)
商品が売れれば、必ず真似する者が現れる。
だが、その頃には肝心の布がない。
誰かが目を付けるより先に、材料を押さえたのだ。
しかも本人は、それを大したことだとも思っていない。
(度胸もいい。ここまで商才があるとは思わなかったね……)
そしてマーサの読みは、すぐに現実となった。
ある晩餐会で、王女が薄いピンク色のドレスを着た。
それをきっかけに、薄いピンク色が貴族の間で大流行したのである。
繊維工場はこぞって、貴族向けの高価な生地の染色を優先した。
その結果、平民向けの薄いピンク色の布は品薄となり、その状態は半年ほど続くことになる。
エリザのハンカチは、簡単には模倣できなくなった。
「でも、ピンクばかりだと、ピンク色が好きじゃない方は買えないでしょう? だから他の色も少し買ったの」
マーサは、もう一度布の山を見た。
この短い会話だけで、エリザは商才をこれでもかというほど見せつけている。
ただし、本人だけはまったく気付いていなかった。
「エリザ」
「なあに?」
「お前、これが売れなかったらどうするんだい? お金は無限じゃないんだよ」
エリザは少し考えた。
「そうね……」
そして、あっさりと言った。
「布のままなら、少しくらい安くなっても買ってくださる方がいるんじゃないかしら?」
マーサは言葉を失った。
売れると読んで、大量に仕入れる。
だが、読みが外れた時のことまで考えている。
(……この子、本物だね)
「こりゃ、早々に取り込む必要があるかもしれないね……」
マーサがぶつぶつと呟く。
だが、その声はエリザの耳には入っていなかった。
エリザはすでに布を広げ、
せっせ、せっせと裁断を始めていた。




