15. 捨てる神あれば拾う神あり。
次の日。
エリザは、窓辺でゆっくりとミント水を飲んでいた。
昨日、マーサの後ろを歩いている途中、花屋を見つけた。
店先には、小さな植木鉢に入ったミントが並んでいた。
「マーサ、私、これを買いたいから待ってもらえる?」
急いで会計を済ませ、マーサの元へ戻る。
「何に使うんだい?」
「水にミントを浮かべようと思って」
「エリザは、工夫するのが上手いね」
「そうかしら……。味のない飲み物に、まだ慣れていないだけよ」
「いいかい。ミントは絶対に庭へ直植えするんじゃないよ。あちらこちらに広がるからね。余計なことをしたら、出ていってもらうよ」
「……分かったわ」
エリザは、絶対に窓辺の植木鉢だけで育てようと心に誓った。
そんな昨日の会話を思い出しながら、ミント水をこくこくと飲む。
今日はマーサも来ない。
平民になってから初めて、何もすることのない時間ができた。
(短い間に、いろいろあったな……)
勘当されて。
婚約を破棄されて。
友人たちにも見放された。
(あっ。あの執事さんには、いつかお礼をしなきゃ)
あの人がマーサを紹介してくれなかったら、今頃どうなっていただろう。
(また、あの白いシチューも食べに行きたいな)
そして昨日は、自分で作ったハンカチを店に置いてもらえた。
(売れるといいな……)
エリザは窓辺で、久しぶりにのんびりと過ごしていた。
トントン。
突然、扉を叩く音がした。
「ごめんください。雑貨屋の者です」
(あら……昨日の方だわ。どうしたのかしら?)
エリザは立ち上がり、扉を開けた。
「良かった。エリザさん、いらっしゃったのね」
「どうしたんですか?」
「お願いがあって来ましたの」
「お願い?」
「はい。ハンカチを、すぐに追加で作っていただきたいんです」
「すぐに?」
エリザは目を丸くした。
「実は、うちの店には若いご令嬢がお忍びでいらっしゃることがあるんです。お忍びといっても、周りの女性たちには分かってしまうんですけどね」
雑貨屋の女性は、楽しそうに笑った。
「そのご令嬢が、エリザさんのハンカチをご覧になったんです」
「私の?」
「ええ。『まあ、私が持っているものより刺繍が上手ね。流行りの色に青いバラだし、恋のお守りならこちらもいただくわ』と、なんと5枚もお買い上げになって」
「5枚も?」
「それを見ていた女性たちが、我先にと買っていったんです。あっという間に在庫が半分を切ってしまって」
エリザは言葉を失った。
昨日、置いてもらったばかりなのに。
「これは売れると思いましたから、なくなる前に次を押さえておきたくて。それで急いで来たんです」
胸が、どくんと鳴った。
自分の刺繍を、知らない誰かがお金を払って買ってくれた。
「……分かりました」
声が少し震えた。
「すぐに作ります」
「助かります。また出来たら、ぜひうちへ持ってきてくださいね」
「はい!」
自分の手で作ったものが売れた。
そのお金で、ここに住める。
(これで……家賃が払える)
嬉しくて、頬が緩んだ。
雑貨屋の女性を見送ると、エリザは急いで財布を手に取った。
(布を買わなきゃ!)
上着を羽織り、家を飛び出す。
エリザは急いで裁縫屋を目指した。




