14. さぁ、営業開始です。
「ほぉ、上手いもんだね」
マーサが、エリザの手元をしげしげと見ていた。
午前中には縁を縫い終わり、ハンカチを刺繍枠にはめて、刺繍を始めていた。
「ありがとう。勉強もせずに、刺繍ばかりしていたの。また刺繍ができて嬉しいわ」
エリザの手が動くたび、みるみる模様が出来上がっていく。
やがて、見事な青いバラが現れた。
「どうして青いバラにしたんだい?」
「ああ、これね。貴族の間で流行ったの。恋が叶いますようにっていう、おまじないよ。平民の女性には目新しいでしょう? 買ってもらえるかな……って」
「ほぅ……面白い判断だ。エリザ、商売のセンスがあるね」
「そうかしら……」
エリザは話半分に答えながら、刺繍を続けた。
ふと気づくと、辺りはすっかり暗くなっていた。
どこからか、良い匂いがする。
「エリザが夢中でやってるから、私が料理を作っておいたよ。さぁ、食べよう」
テーブルには、チキンソテーときのこのスープ、それに固いパンが並んでいた。
「マーサ、ありがとう。とっても助かったわ」
「なに、これくらいなんてことないさ。それにしても、本当に上手いもんだね」
「でしょう? 店先にあったものより、ずっと上手いでしょう!」
エリザは得意げに胸を張った。
「これなら売れるよ。全部作り終わったら、店先に置いてもらえるよう頼みに行くとしようかね」
「本当! ありがとう。たくさん売れると良いな。明日には終わりそうなの」
「そうかい。あんまり根を詰めるんじゃないよ。倒れちまったら終わりだからね」
✥✥✥
次の日。
予定通り、すべてのハンカチに刺繍を刺し終えた。
「商売人は納期が大切だ。信頼関係が重要だからね。エリザ、よくやったよ」
マーサは珍しく、手放しで褒めた。
エリザは達成感で満たされていた。
「今回は同じ図案だったから、あっという間にできただけよ」
少し照れながら答えた。
✥✥✥
刺繍を終えたハンカチを籠に入れ、マーサとエリザは平民街まで歩いていった。
「まずは洋服店だ。さぁ、エリザ。頼みに行くんだよ」
「ま……待って。私が……お店に頭を下げるの?」
「エリザ、商売を舐めるんじゃないよ。店に置いてもらわなきゃ、誰にも買ってもらえないんだ。契約だって自分で結ぶんだよ。分かったなら、お行き」
エリザは黙った。
てっきり、商品さえ作れば店の方から買いに来てくれるものだと思っていた。
「世の中、そんなに甘くないよ」
エリザはマーサを見た。
(やっぱりこの人、心まで読めるんじゃないかしら……)
マーサが顎で店を示した。
仕方なく、エリザは扉を開けた。
「いらっしゃいませ。あら、この間のお嬢さん。またドレスを持ってきてくれたの?」
店員が機嫌よく尋ねた。
どうやら、あのドレスは良い値段で売れたらしい。
「いえ……今日は、私が作ったハンカチを置いてもらえませんか?」
エリザは勢いよくハンカチを差し出した。
「どれどれ……」
店員の顔が、すっと商売人のものに変わった。
刺繍をじっくりと眺める。
「良い出来だね……。でも、どうして青いバラなんだい?」
「貴族の間で、恋の願掛けに青いバラの刺繍が流行っていたの。だから、平民の女性にも流行るかもしれないと思って。それで……ハンカチの籠の前に、青いバラの意味と『恋が叶うお守り』って書いたものを添えて置いてもらえませんか?」
店員はもう一度、ハンカチを眺めた。
「面白いね。良いわ。まずは10枚、置いてみましょう」
「本当?」
エリザの顔が明るくなる。
マーサから聞いていた通り、売れた分の代金を店と折半する条件で契約書を作ってもらった。
店を出ると、エリザは外で待っていたマーサに駆け寄った。
「マーサ! 置いてもらえるって!」
「エリザ、喜ぶのは早いよ。置いてもらっただけじゃ一銭にもならない。売れなきゃ意味がないんだよ」
「でも、置いてもらえたわ!」
マーサの話もそこそこに、エリザは喜びに浸っていた。
「ほら、どんどん行くよ。まだハンカチはたくさん残ってるだろ」
「はーい」
マーサとエリザは、さらに店を回った。
先日道具を買った裁縫屋に10枚。
喫茶店にも10枚。
そして雑貨屋では――。
「エリザさん、残りは全部うちに置いていきません?」
「全部?」
「ええ。これは流行ると思いますわ。また出来たら、うちに優先的に持ってきてもらえます? こちらも推しますから」
「……本当?」
「もちろん」
エリザは、手にしていた籠を見た。
さっきまであれほど入っていたハンカチが、一枚も残っていない。
胸の奥が、じんわりと熱くなった。
なぜだか、涙が出そうになる。
(私の刺繍が、売り物になったんだわ)
エリザは空になった籠を、大切そうに抱えた。




