第五章 決闘祭
決闘祭は、この学園に代々伝わる伝統行事だ。
剣術と魔法を組み合わせた模擬戦形式で行われ、その結果はランキングに大きく反映される。
毎年、学園中の注目を集める一大イベントとして知られていた。
会場となる闘技場には、朝から多くの観客が詰めかけている。
保護者や貴族、さらには王宮からの見学者まで訪れる特別な日だ。
控室で装備を整えながら、私は静かに心を落ち着けていた。
対戦表はすでに発表されている。
一回戦の相手は、下級貴族の男子生徒だった。
実力差は明らかで、油断さえしなければ問題のない相手のはずだ。
「次の対戦、リリアーナ・エルフォード対レイン・オルソン」
呼び出しの声とともに、私は闘技場の中央へと足を進めた。
観客席のざわめきが、一瞬静まる。
対戦相手が剣を構えるのを確認し、私も静かに構えを取った。
試合開始の合図とともに、相手が仕掛けてくる。
けれど、その動きはあまりにも読みやすいものだった。
一撃をかわし、間合いを詰め、剣を軽く弾く。
そのまま風の魔法を編み、相手の足元を薙ぎ払った。
勝負は、あっという間についた。
「参りました」
相手が両手を上げ、降参の意を示す。
審判の旗が上がると同時に、観客席からは驚きの声が上がった。
「やっぱり強い」
「あの噂は何だったんだ」
これまで冷ややかだった空気が、わずかに変わり始めるのを感じた。
実力そのものは、決して衰えていない。
そのことを、身をもって示せたはずだった。
二回戦の相手は、クラウス・ローゼンだった。
騎士団長の息子であり、ランキング二位の実力者だ。
これまで何度か言葉を交わしてきたが、剣を交えるのは初めてのことだった。
「手加減はしない」
クラウスがそう言い、剣を構える。
私も頷き、静かに応じた。
試合開始の合図とともに、彼の剣が鋭く突き出される。
重く、速い一撃だった。
辛うじて受け流し、そのまま反撃に転じる。
互いの剣が幾度も交錯し、火花が散った。
魔力を纏わせた一撃と、純粋な剣技がぶつかり合う。
クラウスの剣筋には、確かな鍛錬の跡が刻まれていた。
油断すれば、あっという間に押し切られてしまうだろう。
長い攻防の末、私はわずかな隙を突き、彼の剣を弾き飛ばした。
勝敗が決した瞬間、闘技場は静まり返る。
そして、割れるような拍手が沸き起こった。
試合後、剣を納めたクラウスが、私の元へ歩み寄ってきた。
その表情には、これまでの疑いとは違う色が浮かんでいる。
「今のお前が四十一位はおかしい」
初めて、彼の口からそんな言葉が漏れた。
実際に剣を交え、身をもって私の実力を確認したからこその言葉だったのだろう。
これまで感じていた孤立感の中で、その一言は思いのほか胸に響いた。
そして迎えた決勝戦。
対戦相手は、セレフィナだった。
闘技場の空気が、これまでとは違う緊張感に包まれる。
観客たちの視線が、二人の対戦者に集中していた。
開始の合図を待つ間、私は静かに構えを取っていた。
けれど、その直前――セレフィナが小さくよろめき、その場に崩れ落ちた。
「きゃっ……」
彼女は足首を押さえながら、痛みに顔を歪めている。
明らかに、足を痛めたように見える様子だった。
とっさに私は剣を下ろし、彼女の元へ駆け寄ろうとした。
「大丈夫? 試合は中止に……」
そう声をかけようとした瞬間、セレフィナは涙を浮かべながら顔を上げた。
「大丈夫です……私、頑張ります……」
震える声で、そう訴える。
審判や周囲の教師たちも、彼女の様子を見て困惑した表情を浮かべていた。
けれど、本人がそう言う以上、試合を強制的に中止することもできない。
結局、試合は続行されることになった。
開始の合図とともに、私は慎重に間合いを詰めた。
相手の足の状態を考慮し、極力負担をかけないよう配慮するつもりだった。
けれど、セレフィナの動きは、負傷しているとは思えないほど機敏だった。
魔法を織り交ぜた攻防が続く中、それでも私は着実に優位を築いていった。
実力差は明らかで、勝敗はすぐに決するだろうと思われた。
そして、最後の一撃。
私の剣先が、セレフィナの喉元すれすれで止まる。
勝敗は決した。
けれど、審判の旗が上がると同時に、観客席からはざわめきが広がった。
「怪我人を容赦なく攻撃するなんて」
「勝つためなら手段を選ばないのか」
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
私は思わず、周囲を見渡した。
負傷した相手に対して、手加減をしなかったという非難だった。
けれど、負傷しているようには到底思えない機敏な動きを、この目で確かに見ていたはずだ。
それを説明しようとしても、観客の耳には届かないだろう。
試合後、教師陣による講評が言い渡された。
「勝利は認めるが、相手への配慮を欠いた」
その言葉とともに、品格と協調性の項目が大幅に減点される。
実力で勝ち取ったはずの結果が、また別の理由で覆されていく。
放課後、更新された掲示板を確認すると、私の順位はほとんど動いていなかった。
そして、セレフィナは相変わらず、首位の座を維持し続けている。
掲示板の前に立ち尽くしながら、私は静かに拳を握りしめた。
実力で示しても、届かない場所がある。
その事実が、これまで以上に重くのしかかってくる。
けれど、決して諦めるつもりはなかった。
クラウスの言葉、ノアの調査。
少しずつではあるが、確かに何かが動き始めている。
その手応えだけを支えに、私はまた前を向いた。




