第四章 新入生歓迎祭
新入生歓迎祭は、上級生たちが模擬店や研究展示を行い、これから入学してくる後輩たちを迎える恒例行事だ。
学園の敷地全体が開放され、普段は静かな中庭にも多くの露店や展示ブースが並ぶ。
この行事もまた、実績として評価に反映される重要な機会だった。
私は魔法研究室の担当として、これまで積み重ねてきた研究成果を展示することになっていた。
一方セレフィナは、生徒会企画のブースを任されている。
それぞれの持ち場に分かれ、朝から準備が進められた。
私が展示したのは、魔力消費を抑える補助型の魔道具だった。
小型の魔法陣を組み込んだ装置で、日常的な魔法の使用でも消費魔力を大幅に軽減できるよう設計してある。
何度も試作を重ね、完成度には自信があった。
展示台に道具を並べ終えると、通りかかった子供たちが興味深そうに集まってきた。
「これ、なにに使うの?」
小さな男の子が、目を輝かせながら尋ねてくる。
私は少しかがみ、道具の仕組みをできるだけ分かりやすく説明した。
「魔法を使うときの負担を、軽くしてくれる道具なの」
実際に簡単な魔法を見せながら説明すると、子供たちは歓声を上げた。
大人の見学者からも、感心したような声が漏れる。
研究者としての手応えを、久しぶりに実感できる時間だった。
しばらくすると、セレフィナがブースにやってきた。
彼女は展示台の前に立ち、じっと魔道具を見つめる。
「すごいですね」
そう言って、控えめに微笑んだ。
周囲には、彼女の優しさに感心する声も聞こえてくる。
「セレフィナ様は、ライバルの展示にも素直に感心するんだ」
というような。
けれど、私はその言葉に、素直に頷くことができなかった。
これまでの経験から、彼女の言動には常に何かが付随している気がしてならなかったからだ。
「ありがとう」
短くそう返すと、セレフィナは小さく頷き、次のブースへと歩いていった。
その後ろ姿を見送りながら、私は展示の続きに戻った。
異変が起きたのは、その直後のことだった。
展示していた魔道具の一つから、突然、不安定な光が漏れ始めた。
魔法陣の制御が崩れ、装置全体が小刻みに震え出す。
「危ない、下がって!」
とっさに声を上げ、近くにいた子供たちを後ろへ下がらせる。
装置は数秒間激しく明滅した後、小さな爆発とともに煙を上げて停止した。
幸い、大きな怪我人は出なかったものの、周囲は騒然となった。
「なにが起きたの?」
「爆発した……」
騒ぎを聞きつけた教師たちが駆けつけてくる。
私はすぐに、装置の状態を確認した。
これまで何十回と試験を重ねてきた道具だ。
突然、これほど不安定な暴走を起こすとは考えにくい。
まるで、誰かが意図的に細工したかのような不具合だった。
けれど、そう思っても、それを裏付ける証拠は何もない。
装置の周囲には、多くの人が出入りしていた。
特定の誰かを疑うことなど、到底できない状況だった。
周囲の生徒たちの反応は、予想通りのものだった。
「また問題を起こした」
「あの人が担当だと、やっぱり何か起きるんだ」
先日の実技試験の一件も相まって、私だけが責められる空気ができあがっていく。
反論しようにも、明確な根拠がない以上、何を言っても言い訳にしか聞こえないだろう。
唇を噛みしめながら、私はただ黙って、その場を片付けることに専念した。
騒ぎが収まった頃、ノアが壊れた魔道具の残骸を持ってやってきた。
彼は静かにそれを検分しながら、眉をひそめている。
「少し、預からせてもらってもいいだろうか」
私が頷くと、彼は残骸を丁寧に布に包み、鞄へとしまった。
その手つきには、単なる好奇心以上の慎重さが感じられた。
「何か分かったの?」
そう尋ねると、ノアはしばらく黙り込んだ後、静かに口を開いた。
「これは故障じゃない」
短いその一言に、私は息を呑んだ。
やはり、単なる不具合ではなかったのだ。
けれど、それが誰の手によるものなのか、今の段階では何一つ分かっていない。
「詳しく調べてみる。時間がかかるかもしれないが」
ノアはそう言い残し、鞄を抱えたまま研究室の方へと戻っていった。
その背中を見送りながら、私は自分の胸の内に、静かな怒りが広がっていくのを感じていた。
理不尽な評価だけならば、まだ耐えられたかもしれない。
けれど、明確な悪意を持って何かを仕掛けられているのだとしたら、話は別だ。
これは、単なる評価の歪みという話では済まされない。
展示ブースの片付けを終え、日が傾き始めた頃、私は中庭のベンチに一人腰を下ろした。
喧騒が遠のいていく中、ふと視線を感じて顔を上げる。
少し離れた場所に、セレフィナが立っていた。
彼女は何も言わず、ただ私の方をじっと見つめている。
その表情は、これまで見せてきた涙ぐんだ優しい顔とは、まるで違って見えた。
そして、彼女は小さく――本当に小さく、微笑んだ。
一瞬のことだった。
すぐに彼女はいつもの柔らかな表情に戻り、何事もなかったかのように踵を返して歩き去っていく。
その場には私だけが残された。
今の笑みを、他の誰かが見ていただろうか。
おそらく、見ていない。
あの一瞬の表情は、まるで私だけに向けられたもののように思えた。
夕暮れの中庭に一人座りながら、私は今見たものの意味を、何度も反芻していた。
確証は何もない。
けれど、胸の奥にはっきりと、冷たいものが広がっていくのを感じずにはいられなかった。




