第三章 実技試験
月に一度行われる魔法実技大会は、この学園の名物行事のひとつだ。
全校生徒が観戦し、教師陣が採点を行う。
今回の結果は、卒業学年にとって特に重要な意味を持っていた。
大会当日、演習場には多くの生徒と保護者、さらには学外からの見学者まで詰めかけていた。
青空の下、白い石造りの舞台が観客席にぐるりと囲まれている。
その中央に立つと、いつも以上に視線の重みを感じた。
今日の自分の出番は、後半のグループに割り振られている。
控えの席で順番を待ちながら、私は静かに魔力を整えていた。
どんな空気の中でも、やるべきことは変わらない。
実力を出し切ること、それだけだ。
前の演習を終えた生徒たちの評価が、次々と読み上げられていく。
中には見事な魔法を披露する者もいたが、大会全体としては、無難な演習が続いていた。
やがて、司会の声が私の名前を呼んだ。
「次、リリアーナ・エルフォード」
舞台に上がると、観客席がわずかにざわめく。
「不正令嬢」という噂は、この一週間ですっかり広まっていた。
好奇の目、値踏みするような視線。
それらを全て振り切るように、私は深く息を吸い込んだ。
今回の課題は、複合属性魔法の実演だ。
単一の属性魔法であれば、多くの生徒がこなせる。
けれど、複数の属性を組み合わせ、なおかつ制御し続けるとなると、話は変わってくる。
まずは炎の魔法陣を展開する。
赤い光が空中に円を描き、熱を帯びた渦が生まれていく。
続けて、氷の属性を重ねていく。
本来であれば反発し合うはずの二つの力を、慎重に、けれど大胆に融合させていく。
最後に風の属性を加える。
三つの力が絡み合い、演習場の中央に、渦を巻く光の柱が立ち上がった。
炎の熱と氷の冷気が拮抗し、風がそれを螺旋状に押し上げていく。
制御を誤れば、暴走しかねない危険な均衡だ。
「すごい……」
観客席のどこからか、そんな声が漏れ聞こえた。
息を呑むような静けさが、演習場全体を包んでいる。
私は魔力の流れを最後まで丁寧に維持し、光の柱をゆっくりと収束させた。
最後に小さな光の粒となって消えていくその様子は、我ながら美しい仕上がりだったと思う。
拍手が起こる。
控えめではあったが、確かな拍手だった。
これまでの評価を覆すには、十分な出来だったはずだ。
そう思いながら、私は舞台を降りた。
けれど、教師陣による講評が読み上げられた瞬間、その手応えは音を立てて崩れていった。
「技術はあるが、協調性に欠ける」
たったそれだけの言葉で、大幅な減点が言い渡された。
協調性――一体、どの部分がそう判断されたというのだろうか。
単独での実演を求められた課題で、なぜその項目が評価に関わってくるのか、私には全く理解できなかった。
戸惑う私をよそに、大会は次の演習へと進んでいく。
そして、セレフィナの番がやってきた。
彼女が展開したのは、癒やしと光を組み合わせた魔法だった。
けれど、術式の制御が安定せず、途中で光が乱れてしまう。
明らかな失敗と言っていい結果だった。
観客席からも、小さくどよめきが起こる。
それでもセレフィナは、諦めることなく最後まで杖を握り続けた。
額に汗をにじませながら、必死に魔法を立て直そうとする姿。
最終的に、術式は不完全なまま収束した。
技術的には、明らかに未完成の演習だ。
けれど、教師陣の講評はこうだった。
「最後まで諦めない姿勢が素晴らしい」
高得点。
観客席からは、割れんばかりの拍手喝采が沸き起こった。
「セレフィナ様、感動した」
「あの必死な姿、素敵だった」
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
技術の完成度ではなく、見せる「姿勢」が評価される。
これが正しい評価基準だとは、どうしても思えなかった。
演習場を後にしながら、私は自分の中で確信のようなものが固まっていくのを感じていた。
これまで感じていた違和感は、単なる思い込みではない。
評価そのものが、明らかにおかしいのだ。
品格や協調性という、数値化しにくい項目。
そこに、何か作為的なものが働いている。
そう考えなければ、これまでの結果すべてに説明がつかなかった。
控室へ戻る途中、廊下の窓際でノアと出くわした。
彼はいつものように静かな表情で、手元の資料に目を通している。
私に気づくと、顔を上げてこちらを見た。
「見事な演習だった」
短い言葉だったが、そこには確かな評価の色があった。
少なくとも彼は、演習場で何が起きたのかを正確に見ていたのだろう。
「ありがとう。けれど、結果には反映されなかったみたい」
私がそう答えると、ノアは少し考え込むような表情を見せた。
灰色の瞳が、窓の外へと向けられる。
「技術と評価が一致しない。それも一度や二度ではない」
彼の言葉に、私は小さく頷いた。
自分だけがそう感じているのではないと分かり、わずかに肩の力が抜けるのを感じる。
ノアは眼鏡を軽く押し上げながら、静かに続けた。
「採点表を見せてもらえないかな」
その一言に、私は思わず彼の顔を見つめ返した。
これまで誰も口にしなかった提案だ。
評価の内訳を正式に確認するということは、教師たちの判断そのものに疑問を投げかけることになる。
簡単なことではないはずだ。
けれど、ノアの表情に迷いはなかった。
観察力に優れ、冷静な彼らしい判断なのだろう。
感情ではなく、事実を積み上げていく。
そのやり方は、今の私にとって何よりも心強いものに思えた。
「もし本当に何かがおかしいなら、感情論では誰も納得させられない」
ノアはそう言葉を続けた。
「数字で示すしかない」
その言葉が、静かに胸の奥に落ちていく。
これまで、ただ理不尽さに耐えることしかできなかった自分。
けれど、これからは違う。
証拠を集め、事実を積み上げていく。
それが、この状況を変えるための唯一の道筋なのかもしれない。
夕暮れの廊下に、二人分の足音だけが響いていた。
まだ何も解決してはいない。
けれど、確かに何かが動き始めている。
そんな予感を抱きながら、私はノアと並んで歩き続けた。




