第十六章 卒業試験開幕
卒業試験は、王立アストレア魔法学園における最大の行事だ。
これまでのどの試験とも異なり、審査員は他国の教授、王国魔法庁の関係者、騎士団長、そして聖堂大司教という顔ぶれだった。
学園の教師が採点に関与することは、一切ない。
ランキングへの配点も、これまでで最大のものとなる。
試験は三日間にわたって行われる。
学力試験、魔法実技、集団戦術、魔物討伐、応急救護。
すべてが実戦形式で進められる、総合的な力を問う内容だった。
試験前日、寄宿舎の自室で、私は静かに心を整えていた。
これまでの道のりを思い返せば、様々な出来事があった。
理不尽な評価、孤立、そして少しずつ増えていった味方たち。
そのすべてが、この最後の試験へと繋がっている。
窓の外を見つめながら、私は小さく息を吐いた。
これまで通り、冷静に。
やるべきことを、やるべき通りに。
それだけを、静かに自分に言い聞かせた。
一方、廊下ですれ違ったノアは、いつになく張り詰めた表情をしていた。
「今度だけは、誰にも採点を触れられない」
彼はそう呟きながら、手にした資料をぎゅっと握りしめていた。
これまで積み重ねてきた証拠のすべてが、この試験の結果次第で、意味を持つかどうかが決まる。
その重圧は、私だけでなく、彼にとっても同じだったのだろう。
試験当日の朝、控室に集まった生徒たちの間にも、これまでにない緊張感が漂っていた。
その中で、セレフィナの様子だけが、明らかに他の生徒とは違っていた。
彼女は落ち着かない様子で、何度も教師の元へと歩み寄っていく姿が見受けられた。
「今回も何とか……」
小さな声で、そう教師に訴えかけているのが聞こえた。
けれど、返ってきた答えは、これまでとは違うものだった。
「外部審査だから無理だ」
教師は困ったような表情を浮かべながら、はっきりとそう告げていた。
これまで彼女を後押ししてきた学園内の力は、この場では一切通用しない。
その事実に、セレフィナの表情が、微かに強張るのが見えた。
試験が始まると、会場全体が張り詰めた空気に包まれた。
まずは学力試験からのスタートだった。
高度な魔法理論、複雑な術式の構築原理、実践的な応用問題。
これまで積み重ねてきた研究と学習の成果を、私は一つ一つ丁寧に解答へと落とし込んでいった。
隣の席では、ノアが集中した表情で問題に取り組んでいる。
彼の得意分野である魔道具に関する設問では、特に鋭い解答を示しているようだった。
続く魔法実技の試験でも、私は落ち着いて課題に取り組んだ。
これまでの実技試験で培ってきた技術を、審査員の前で正確に披露していく。
複合属性魔法の制御、精密な魔力操作。
どの課題も、確かな手応えとともにこなすことができた。
一方、セレフィナの実技は、これまでのような華やかな演出こそあったものの、技術的な完成度という点では、明らかに見劣りするものだった。
審査員たちは、感情を交えることなく、淡々と評価項目にチェックを入れていく。
これまでのように、「頑張る姿勢」といった曖昧な基準で加点されることは、一切なかった。
一日目の試験がすべて終了し、暫定順位が発表される。
一位 リリアーナ
会場の隅に張り出された掲示に、私の名前が最上位に記されていた。
そして、続く順位の中に、セレフィナの名前を探すと――
二十四位 セレフィナ
その数字を目にした瞬間、会場がわずかにざわめいた。
学園内では常に首位を守り続けてきた彼女が、外部審査の場では、大きく順位を下げている。
その差は、これまでの学園内評価がいかに歪んでいたかを、静かに物語っているようだった。
控室に戻る途中、私は少し離れた場所で立ち尽くすセレフィナの姿を見かけた。
彼女はこれまでのような、涙を浮かべた儚げな表情ではなかった。
唇を強く噛みしめ、拳を握りしめている。
これまで一度も見たことのない、剥き出しの感情がそこにあった。
その表情を見た瞬間、私は思わず足を止めた。
これまで彼女が見せてきた涙や微笑みが、いかに周到に作られたものだったのか。
その裏に隠された、本当の感情の一端を、初めて垣間見た気がした。
けれど、今はまだ、それについて深く考えている余裕はなかった。
試験は、まだ二日目、三日目と続いていく。
ここで気を緩めるわけにはいかない。
控室の窓から差し込む夕日を見つめながら、私は静かに、明日への準備を整えていった。
これまで積み重ねてきたすべてのものが、この三日間の結果に集約されようとしている。
初日の手応えは、確かなものだった。
けれど、まだ終わりではない。
最後まで、気を抜くことなく、実力を出し切る。
その決意だけを胸に、私は静かに目を閉じた。




