第十五章 公開尋問
学年末を前にした、特別査問会の日がやってきた。
保護者、教師、そして王国監査局の関係者までもが参加する、これまでにない規模の会だった。
発端は、クラウスが正式に提出した、ランキング制度への疑義だった。
「ランキング制度の運用について、疑義を提出いたします」
大講堂の壇上で、クラウスははっきりとした声でそう告げた。
これまで積み重ねてきた記録を根拠に、教師陣の評価の不自然さを、一つ一つ丁寧に指摘していく。
続いて、ノアが採点表の束を提出した。
実技試験、共同演習、研究発表。
それぞれの場面における採点の推移を、時系列に沿って示していく。
「学力、魔法技術、剣術、指揮能力、実績。この五項目は一貫して高水準です」
ノアは資料を指し示しながら、淡々と説明を続けた。
「けれど、品格と協調性だけが、毎回不自然に低い数値をつけられています」
さらに、王国合同魔法大会の結果も証拠として提出された。
外部審査員による客観的な評価と、学園内の評価との乖離を示す、動かしようのない数字だった。
私自身も、静かに壇上へ進み出た。
これまでの経緯を、感情を交えることなく、できる限り事実だけを述べるよう努めた。
「私は、自分に何が起きているのか、長い間理解できませんでした」
集まった人々の視線を受けながら、私は言葉を続けた。
「けれど、集めた証拠を見れば分かるはずです。実力に基づく評価と、そうでない評価の間に、明確な差があることが」
会場は静まり返り、誰もが提出された資料に注目していた。
ここまでは、私たちにとって望ましい流れだったはずだ。
けれど、セレフィナが証言台に立った瞬間、空気は一変した。
彼女は瞳を潤ませながら、震える声で語り始めた。
「私は何も知りません……」
涙をこぼしながら、彼女は続けた。
「リリアーナ様は、まだ私を疑うのですか?」
その言葉とともに、会場の空気が、明らかに彼女に同情する方向へと傾いていくのが分かった。
「あんなに泣いているのに」
「証拠がないなら、疑うべきじゃないんじゃないか」
そんな声が、あちこちから漏れ聞こえてくる。
これまで積み上げてきた資料の説得力が、たった一つの涙によって、少しずつ揺らぎ始めていた。
さらに、証言台に立った教師陣は、口を揃えてこう述べた。
「採点は適正です」
明確な改ざんの証拠がない以上、教師たちはあくまでも自分たちの評価が正当なものであると主張し続けた。
それを覆すだけの、決定的な証拠は、この場にはまだなかった。
最終的に、教頭であるイザベラ先生は、静かにこう告げた。
「現時点では、制度上の問題は確認できません」
その結論に、会場は複雑な空気に包まれた。
提出された資料が、確かに不自然な傾向を示していることは、多くの人が理解していたはずだ。
けれど、それを「不正」と断定するだけの、明確な証拠には至っていない。
査問会は、そのまま終了した。
私たちの訴えは、実質的に退けられた形だった。
会が終わり、講堂を出た私は、思わず立ち止まった。
これまでの努力が、最後の一歩で届かなかった。
その事実が、重く胸にのしかかってくる。
「悔しいが、材料が足りなかった」
隣を歩くクラウスが、拳を握りしめながら呟いた。
彼の声にも、隠しきれない落胆が滲んでいる。
うつむきかけた、その時だった。
ノアが、一枚の書類を手に、私たちの元へと駆け寄ってきた。
その表情には、これまでにない緊張と、確かな手応えが同居しているように見えた。
「見てほしいものがある」
彼が差し出したのは、王国合同魔法大会だけでなく、これまでのすべての外部評価と学園内評価をまとめた、詳細な比較データだった。
「外部審査での結果と、学園内での評価を、時系列で並べてみた」
そこに示されていたのは、驚くべき傾向だった。
教師評価だけが異常に低く、外部審査では常に首位
数か月分にわたる記録の中で、その傾向は一貫して繰り返されていた。
単発の出来事であれば、偶然と片付けられたかもしれない。
けれど、これほど長期間、一貫した傾向として現れているとなれば、話は別だ。
ノアは資料を見つめながら、静かに、けれどはっきりとした声で言った。
「改ざんそのものは証明できなくても」
そこで一度言葉を切り、彼は真っ直ぐに私を見た。
「『評価が不自然である』ことは証明できる」
その言葉に、私は思わず息を呑んだ。
決定的な証拠には届かなくとも、疑いようのない傾向そのものを、数字として突きつけることはできる。
その視点に、これまで見えていなかった突破口があるように感じられた。
「卒業試験は、外部審査だけ」
私はゆっくりと、けれど確かな声で続けた。
「そこで、すべてを終わらせましょう」
その言葉に、ノアとクラウスが同時に顔を上げた。
これまで学園内の評価によって幾度となく塗り替えられてきた真実。
けれど、卒業試験だけは、学園の思惑が一切通用しない場だ。
外部審査員の目の前で、正々堂々と実力を示す。
そこでの結果こそが、これまで積み重ねてきたすべての証拠を裏付ける、最後の決め手になるはずだった。
夜の講堂を出ながら、私は静かに拳を握りしめた。
悔しさは、まだ胸の奥に残っている。
けれど、それ以上に、確かな決意が全身を満たしていくのを感じていた。
最後の戦いは、もうすぐそこまで迫っている。




