第十四章 収穫祭
収穫祭は、王都最大の祭りのひとつだ。
学園もこの行事に合わせて、屋台の出店や地域への奉仕活動に参加する。
ランキング項目のうち「実績」の配点が特に大きくなる、重要な機会でもあった。
班分けが発表されると、私は数名の生徒とともに、地域支援を担当する班に割り振られた。
華やかな出し物とは縁遠い、地味な内容だった。
「孤児院の手伝いと、医療支援、それに魔道具の修理だそうだ」
同じ班になった生徒が、少し残念そうにそう言った。
けれど、私自身はその内容に不満を感じてはいなかった。
むしろ、実際に人の役に立てるという点で、やりがいのある仕事に思えた。
一方、セレフィナの班は、王都中央広場での舞台公演を任されていた。
歌や演劇を披露するという、祭りの目玉となる企画だ。
新聞社からの取材も入るという話も聞こえてきた。
祭り当日、私たちの班は朝から孤児院へと向かった。
古い建物の中には、多くの子供たちが暮らしている。
私は持参した魔道具を使い、壊れかけた暖房設備の修理に取り掛かった。
「お姉ちゃん、すごい」
小さな子供たちが、修理の様子を興味深そうに見つめている。
慣れた手つきで魔法陣を調整しながら、私は子供たちに簡単な説明をしてやった。
医療支援の方でも、私たちの班は着実に成果を上げていった。
軽い怪我や体調不良を訴える住民たちに、基礎的な治癒魔法を施していく。
派手さはないものの、確かに求められている仕事だった。
作業が一段落した頃、突然、建物の奥から煙が上がった。
「火事だ!」
誰かの叫び声が響き渡る。
古い暖房設備のどこかに不具合があったのか、あるいは別の原因があったのか、瞬く間に炎が壁を伝い始めていた。
「子供たちを外へ!」
私はとっさに声を上げ、燃え広がる火元へと駆け出した。
煙の中、まだ避難できていない子供たちの泣き声が聞こえてくる。
迷っている時間はなかった。
私は水属性の魔法を展開し、燃え盛る炎の勢いを一気に抑え込んだ。
同時に、風の魔法で煙を外へと押し流し、視界を確保していく。
「こっちだ、急いで!」
奥の部屋に取り残されていた子供たちを、一人ずつ抱きかかえながら外へと運び出す。
遅れて駆けつけたノアとクラウスも、消火作業に加わってくれた。
「あと一人、二階に!」
誰かの声に、私は迷わず階段を駆け上がった。
煙が充満する中、小さな女の子が部屋の隅で震えていた。
私はその子を抱きかかえ、風の魔法で身を守りながら、階下へと駆け下りる。
外に出た瞬間、集まっていた住民たちから安堵の声が漏れた。
大きな怪我人もなく、火はほどなくして完全に消し止められた。
騒ぎが落ち着き始めた頃、現場に駆けつけたセレフィナの姿があった。
彼女は救出された子供たちの元へと歩み寄り、涙を流しながら、その小さな体を抱きしめた。
「よかった、本当によかった」
その光景を、集まっていた新聞記者が次々と写真に収めていく。
翌日発行された新聞には、大きな見出しが躍った。
「聖女セレフィナ、涙の救助」
記事の中で、実際に火の中へ飛び込み、子供たちを救出した私の名前は、ほんの片隅に小さく記されているだけだった。
記事の主役は、あくまでも救出後に子供たちを抱きしめたセレフィナだった。
その記事を目にした時、正直なところ、怒りよりも先に、深い疲労のようなものを感じていた。
何をしても、事実そのものが塗り替えられていく。
これまで何度も味わってきた感覚ではあったが、今回ばかりは、さすがに堪えるものがあった。
けれど、この光景を見ていたのは、記者たちだけではなかった。
放課後、教室で一人になっていた私のもとへ、ハインリッヒが訪ねてきた。
彼はどこか思い悩んだような表情を浮かべながら、静かに口を開いた。
「あの日、現場を見ていた」
私は黙って、彼の言葉の続きを待った。
「最初に助けたのは……リリアーナでは?」
その一言に、私は思わず彼の顔を見つめ返した。
これまで、私から離れていく一方だったハインリッヒの口から、そんな言葉が出るとは思ってもみなかった。
「新聞には、そう書かれていなかったけれど」
ハインリッヒはそう続けながら、複雑な表情を浮かべている。
何かが、彼の中で揺らぎ始めているのかもしれない。
そんな予感を、私はその横顔から感じ取っていた。
「あの時、確かに君が真っ先に飛び込んでいった。それを、僕はこの目で見ていた」
その言葉には、これまでの彼からは感じられなかった、誠実な響きがあった。
すぐに何かが変わるわけではない。
けれど、少なくとも一つの真実が、確かに誰かの記憶に刻まれている。
その事実だけでも、今の私にとっては、小さな光のように感じられた。
窓の外には、収穫祭の余韻を残す夕焼けが広がっていた。
炎の熱さと煙の匂いが、まだかすかに肌に残っている気がする。
けれど、その中で確かに救えた命があったこと。
そして、その真実に気づいてくれた人がいたこと。
その二つを胸に抱きながら、私は静かに窓の外を見つめ続けていた。




