第十三章 魔導図書館の夜
学園創立記念日に合わせて、これまで長らく閉鎖されていた旧図書館の一部が、特別に公開されることになった。
そこには、ランキング制度が創設された当初の記録も保管されているという。
ノアはこの機会を、ずっと心待ちにしていたようだった。
「創設当初の採点基準を、この目で確認したい」
そう言った彼とともに、私は放課後、公開されたばかりの旧図書館へと足を踏み入れた。
古い紙とインクの匂いが立ち込める書架の間には、埃を被った資料が整然と並んでいる。
ノアは慣れた手つきで、目当ての棚から古い記録簿を取り出していった。
分厚い紙束をめくりながら、彼は静かに目を通していく。
「やはり、思った通りだ」
しばらくすると、ノアがそう呟いた。
私は彼の手元を覗き込む。
そこに記されていたのは、現在とは異なる、かつての評価規定だった。
「教師一人だけでは評価変更できない」
古い規定には、そう明記されていた。
複数人の合議によってのみ、品格や協調性といった主観の入りやすい項目の点数を変更できる仕組みだったようだ。
けれど、その規定は数年前に改正されている。
「いつ、誰が改正したのか」
ノアは記録簿のページを慎重にめくりながら、改正の経緯を探し始めた。
けれど、肝心の改正申請書が綴じられているはずの箇所には、不自然な空白が残されているだけだった。
「ここだけ、抜け落ちている」
ノアの声に、微かな緊張が滲む。
書類そのものが、意図的に取り除かれているようにしか見えなかった。
同じ頃、教頭であるイザベラ先生も、独自に調査を進めているという話が、私たちの耳に届いていた。
制度の責任者として、彼女もまた、この改正の経緯に強い関心を寄せているようだった。
「誰が改正したのか、僕たちだけでなく、イザベラ先生も追っている」
ノアはそう言いながら、手元の記録簿を丁寧に閉じた。
「これは、想像以上に根が深い話なのかもしれない」
その言葉に、私は静かに頷いた。
単なる教師個人の悪意だけでは、説明のつかない何かがある。
そんな予感が、胸の奥に静かに広がっていった。
書架の奥を調べ続けていたその時、微かな物音が聞こえた。
私とノアは、思わず顔を見合わせる。
公開区域から外れた、閉架書庫の方角からだった。
足音を忍ばせながら、私たちはその方向へと向かった。
薄暗い通路の先、ぼんやりとした灯りの下に、人影が見えた。
桃色の髪。
セレフィナだった。
彼女は棚から古い書類を取り出し、鞄の中へとしまい込もうとしているところだった。
その手つきには、明らかな緊張と焦りが滲んでいる。
ノアが、思わず声をかけた。
「そこで何を」
セレフィナは肩を震わせ、勢いよく振り返った。
一瞬、これまで見たことのない硬い表情が浮かんだ。
けれど、それはすぐに、いつもの困ったような、儚げな表情へと塗り替えられていく。
「落ちていたので、片付けようと……」
震える声で、彼女はそう言い訳をした。
鞄の中の書類を見せるよう求めることもできたが、それをしたところで、決定的な証拠になるとは思えなかった。
彼女の言い分を、正面から否定できるだけの根拠は、この場にはなかった。
ノアはしばらくセレフィナを見つめていたが、やがて静かに一歩下がった。
「そうか。念のため、確認だけさせてもらえるかな」
その申し出に、セレフィナは一瞬言葉に詰まった様子を見せたが、すぐに鞄を開いて中を見せた。
そこにあったのは、確かに古い書類だった。
けれど、それが決定的な証拠となるような内容かどうかは、この場では判断がつかなかった。
「ありがとう。もう行っていいよ」
ノアがそう言うと、セレフィナは小さく頭を下げ、足早にその場を立ち去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、私は小さくため息をついた。
「証拠不足、か」
思わずそう呟くと、ノアも静かに頷いた。
「けれど、彼女があの時間に、あの場所にいたこと自体が、無関係とは思えない」
彼はそう言いながら、先ほどまで調べていた記録簿の棚へと視線を戻した。
「もう少しで、掴める」
その言葉には、これまでにない確信が込められているように聞こえた。
一つ一つの断片が、少しずつ繋がり始めている。
決定的な証拠にはまだ届かない。
けれど、確実に核心へと近づいている手応えだけは、はっきりと感じ取ることができた。
旧図書館を出る頃には、あたりはすっかり夜の闇に包まれていた。
星明かりの下、私たちはしばらく無言のまま、寄宿舎へと続く道を歩いた。
これまで積み重ねてきた小さな違和感、小さな証拠。
その一つ一つが、確かな真実へと繋がる糸になりつつある。
今夜見たセレフィナの表情もまた、その糸の一本として、静かに私の記憶に刻まれていった。




