第十二章 生徒会選挙
卒業前、最後の生徒会役員改選の時期がやってきた。
全校投票によって選ばれるこの選挙は、学園における実質的な発言力を左右する重要な行事だ。
今年は特に、例年以上の注目を集めていた。
立候補者の名前が張り出された掲示板の前で、私は思わず足を止めた。
副会長候補として、セレフィナの名前が記されている。
彼女の選挙演説は、初日から大きな話題を呼んでいた。
「みんなが笑顔になれる学園を作ります」
その言葉に、多くの生徒たちが拍手を送っていた。
下級生から上級生まで、幅広い層からの支持を集めているようだった。
これまで積み重ねてきた「聖女」としての印象が、選挙戦においても大きな武器になっているのは明らかだった。
そんな中、ノアが私のもとへやってきた。
「立候補してみない?」
思いがけない提案だった。
けれど、私はすぐに首を横に振った。
「今の私では誰も投票しない」
正直な気持ちだった。
これまでの評価の歪みは、少しずつ人々の目に触れ始めているとはいえ、まだ完全に払拭されたわけではない。
今の状況で立候補したところで、票を集められる自信はなかった。
代わりに立候補を決めたのは、クラウスだった。
「俺が出る」
そう言った彼の表情には、これまでにない強い決意が滲んでいた。
公約として掲げたのは、シンプルながらも核心を突く一言だった。
「ランキング制度を見直す」
その言葉は、これまで理不尽な評価に疑問を抱いてきた生徒たちの間で、静かな共感を呼んでいった。
選挙演説の日、講堂には多くの生徒が詰めかけていた。
セレフィナの演説は、これまでと変わらぬ調子で始まった。
彼女は目に涙を浮かべながら、震える声で語りかける。
「私は誰も傷つけたくありません」
その言葉とともに、会場からは大きな拍手が沸き起こった。
感情に訴えかける演説は、やはり多くの生徒の心を動かしていた。
続いて壇上に立ったクラウスは、これまでの彼らしい、率直な言葉を選んでいた。
「評価は公平であるべきだ」
飾り気のないその一言に、一部の生徒たちが深く頷く姿が見えた。
華やかさはない。
けれど、確かな信念に基づいた言葉には、それを支持する者たちの共感が集まり始めていた。
投票の結果が発表される。
セレフィナの圧勝だった。
これまでの人気を考えれば、当然の結果と言えるかもしれない。
けれど、クラウスの得票数もまた、事前の予想を大きく上回るものだった。
教師陣の間にも、この結果に対する動揺が広がっているのを、私は感じ取っていた。
これまで盤石だと思われていた支持基盤に、確かな亀裂が入り始めている。
選挙結果が張り出された掲示板の前で、私はクラウスと並んで立っていた。
「負けたが、悪くない結果だ」
クラウスはそう言いながら、どこか晴れやかな表情を浮かべていた。
「制度への疑問を、これだけの人数が共有してくれた。それだけでも意味がある」
その言葉に、私も静かに頷いた。
勝敗だけがすべてではない。
少しずつ広がっていく共感の輪こそが、今の私たちにとって何よりの支えだった。
その夜、選挙結果を受けたセレフィナの様子を、私は偶然、生徒会室の近くで目にすることになった。
扉の隙間から漏れる灯りの中、セレフィナは一人、鏡の前に立っていた。
これまでの柔らかな表情は、そこにはなかった。
彼女は自分の得票数が記された紙を見つめながら、静かに、けれどはっきりとした声で呟いた。
「次はもっと確実に潰さないと……」
その一言を耳にした瞬間、私は思わず息を止めた。
これまで抱いてきた違和感が、初めて明確な言葉として、彼女自身の口から漏れた瞬間だった。
人気が少しずつ揺らぎ始めていることを、彼女自身も敏感に察しているのだろう。
その焦りが、思わず本音を漏れさせたのかもしれない。
私は音を立てないよう、静かにその場を離れた。
心臓が、これまでにないほど速く鼓動を刻んでいる。
これまで、証拠を積み重ねることに専念してきた。
けれど今、初めて垣間見た彼女自身の言葉は、これまでのどんな採点表よりも、雄弁に何かを物語っているように感じられた。
夜の廊下を歩きながら、私は今聞いたばかりの言葉を、何度も心の中で反芻していた。
まだ誰にも話していない。
けれど、この事実もまた、いつか必要になる時が来るはずだ。
窓の外には、静かな月明かりが差し込んでいた。
その光を頼りに、私は一人、自分の部屋へと歩を進めていった。




