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僕の婚約者は人生2回目なのかもしれない。  作者: 織子


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第七話ールカディウスの決意



目線は下を向き、少し気まずそうにオリヴィエ・カッサンドラは正面に座った。


5年前の誕生日パーティー以降、オリヴィエは社交の場に顔を出さなくなった。


(……彼女が「回帰」と呟いた時からだ)


にも関わらず、彼女に関する悪評だけは収まらなかった。

家族の関心を奪った義理の妹に嫉妬し、彼女に冷たい態度を取るなど、未だ傲慢な侯爵家の長女のイメージは一人歩きしていた。


(傲慢な侯爵家の令嬢か)


ルカディウスはオリヴィエに視線を向けた。


緩く流れる夜空のような藍色の髪。思慮深く輝く空色の瞳。オリヴィエは静かにカップを口に運んだ。気品のある動作で指先まで洗練されている。今の彼女を見て、誰がそのように思うのだろう。



「ここの暮らしは辛くありませんか」


ルカディウスがそう言うと、オリヴィエは困ったように微笑んだ。


「そうひどくはありません。本邸の使用人よりもよくしてくれますし、必要な時には着るものも与えられます。何より、気が楽なのです。恥ずかしい事ですが、本邸での暮らしよりわたしには合っているのです」


オリヴィエの表情を見ると、嘘ではなさそうだ。ガゼボのお茶の準備はオリヴィエの従者がしてくれた。お茶や菓子も、高価なものではないが素朴でどこか落ち着くものがある。本邸での無礼な家令より、オリヴィエの事を考えて従事していることが分かる。


(別棟とやらで不遇な扱いを受けているのなら、連れ出そうかともと思ったが……)


オリヴィエの表情は落ち着いていて、肌艶も悪くない。眺めていると、空色の瞳と目が合った。……すぐに視線を外されたが。


……その蒼い瞳に、自分を映してほしい。

ルカディウスはぼんやりと考えた。


「……オリヴィエ嬢は前におっしゃいましたよね」

「え?」

「エステルギアを継ぐつもりはないのかと」


大雨と土砂災害により、切迫していたこの三ヶ月。ルカディウスの兄であるジークハントだけは、エステルギア公爵家の中で唯一いつも通りの日々を過ごしていた。


今年十六になり、成人を迎えたジークハント。この三ヶ月、行き付けになった娼館や違法闘技場に頻繁に顔を出し、公務は雀の涙程度のものしか行わない。


兄が優秀とまでは行かずとも、人並に努力し、公爵領を背負っていけるなら、このまま事を起こさず成り行きに身を任せるつもりだった。


だが、ジークハントは駄目だ。先日久しぶりに顔を合わせたが、公爵領の為に努力や献身をする姿勢が全くない。


(昔は僕に出し抜かれまいと勉学や鍛錬をしていたのに)


ルカディウスが実力を隠し始めると、ジークハントは脅威にならないと錯覚したのか、次期公爵の座を確信し慢心するようになった。


(……僕は、公爵領に愛着が無いわけじゃない)


父とは折り合いが悪いが、ルカディウスの面倒をよく見てくれた祖父。ルカディウスが唯一尊敬している、前公爵が守ってきた土地や領民を飢えさせる訳にはいかない。


何より、明確に欲しいものが出来てしまった。公爵家の次男のままでは、確実に手に入れるのが難しい。


ルカディウスは正面を向いたまま口を開いた。

「僕は公爵領を継ぐつもりです」


端的に、きっぱりと言ったが、思いのほか冷たく響かなかった。


オリヴィエは一瞬目を見開いたが、すぐにふわりと笑顔を浮かべ、「そうですか」と言った。


それ以上は会話らしい会話はしなかった。オリヴィエの固くなっていた表情は何故か和らいだし、会話をしなくても居心地が悪くなかったからだ。



ルカディウスは帰りの馬車で今後自分がどう動くかを考えた。自分が後継者になるのは、そう難しいことではない。頭の弱い兄の、小さな悪事を拾い集めて掲示するだけで事足りる。

問題は、ここ数年大人しく過ごしている為、皇太子の婚約者に最有力候補として名前が挙がる彼女のことだ。

欲の塊のようなカッサンドラ侯爵が、この件を推し進めないはずがない。養女とはいえ、メロディでは元の家格が釣り合わない。婚約者候補にはオリヴィエを据え置き続けるだろう。


「出来ることから進めていくか」


ルカディウスはぽつりと呟き、視線を窓の外に移した。





その年の瀬、社交界は揺れた。帝国内で一番の影響力を持つ、エステルギア公爵家の後継者であるジークハントの不祥事が公になったからだ。

ジークハントは、非公式である夜会に出席し、一人の女性に近付いた。関係を持ったものの、後にその女性には配偶者が居たことが明らかになる。それだけならよくある出来事なのだが、その相手が良くなかった。お忍びで訪れていた隣国の王の側妃だったのだ。


すぐに箝口令が敷かれたこの出来事は、包み隠さず社交界に広がった。 

隣国まで知れ渡り、皇帝はエステルギア公爵に事の収束を急がせた。


この件を皮切りに、各所で号外が撒かれた。ジークハントの後継者らしからぬ小さな悪事が記された号外だ。イメージの払拭は不可能と判断したエステルギア公爵は、ジークハントの後継者の資格を剝奪し、次男のルカディウスを後継者にすることを発表した。







読んでいただきありがとうございます。


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