第三話ーオリヴィエとフライパン
「聞きました?あの騒動」
「ええ。まさか皇室主催のパーティーであんな問題を起こすとは」
「妹君のメロディ嬢の方がよっぽど教養がありますわ」
「オリヴィエ嬢だけ髪色も暗いですし、彼女の方が養子なのでは?」
「そうかもしれませんわね。他のご兄妹はうっとりするような金髪ですもの」
ガンッッ!
大きな音を立てて壁を蹴った。噂に花を咲かせていた婦人達は驚いて散って行く。
「な、何だ急に。驚くだろ」
一緒に歩いていたアルフォンスが言う。
聞こえてきたのは階下のものなので、アルフォンスには聞こえていない。
(何が養子だ。カッサンドラ侯爵の母君がオリヴィエ嬢とよく似た藍色の髪だろう。金髪こそ、この国にはありふれているというのに)
ルカディウスも金髪だ。ルカディウスはイライラと舌打ちながら言った。
「チッ。自分の金髪も嫌いになりそうだ」
アルフォンスが戸惑いながら声をかけた。
「よく分からないが、私は好きだぞ。君の金髪」
◇◇
ルカディウス9歳、オリヴィエ10歳の誕生日パーティー。
ルカディウスは例年どおり、木の上に居た。少し緊張気味に。
(枝が折れそうだな)
失念していたが、身体が大きくなったので木の上はもう無理がある。来年は木の上ではなく違う場所を探さないと。
しかしパーティーが始まって一刻過ぎても、彼女は来なかった。
(もう隠れて泣く歳じゃないか)
ルカディウスは諦めて会場に戻った。しかし会場を見渡してもオリヴィエの姿はない。
ルカディウスは渋々、会場にいるオリヴィエの二番目の兄アレスター・カッサンドラに声をかけた。
「お久しぶりです。アレスター殿」
アレスターは若干驚きながら挨拶を返した。
「ルカディウス殿、ご無沙汰しております。この度は来て頂きありがとうございます」
「ええ。昨年の演武会以来ですね。ところで、主役のオリヴィエ嬢はどちらに?」
「ああ、オリヴィエでしたら体調が優れず下がりました。全く。忙しい皆様にせっかく来ていただいているのに、体調管理が疎かで申し訳ない限りです」
「いや、それはかまわないけど‥‥」
「その代わりメロディが皆様に挨拶をして周ってますので、ぜひご挨拶させていただければ‥‥」
「申し訳ないけど、この後用事があるので私はこれで失礼致します」
ルカディウスは冷やかな笑顔できっぱりと言うと、踵を返してパーティー会場を出た。
(体調ね。これでは誰のパーティーか分からないな)
帰ろうと思ったが、ふと思い立ち庭へ向かった。いつもの柳の木を過ぎると、池がある。その一角が、トベラに隠され死角になっているのだ。ルカディウスがカッサンドラ邸に来た際の休憩所としていた場所だ。
近くまで行くと、ルカディウスは足を止めた。先客がいる。
水面に、なびく藍色の髪が映っている。
(オリヴィエ嬢、ここにいたのか)
声をかけようか迷ったが、結局ルカディウスは近くの茂みに隠れた。自分でも驚いたが、何て声をかけたらいいのか分からない。9歳になり、母と社交場に行くようにもなった。しかし自分がオリヴィエに話しかけている想像が出来ない。
(何故この期に及んで隠れているんだ僕は。お互い顔見知りなのだから、普通に話しかければいいんだ普通に)
とは思ったが、普通とは?考えば考るほど足が地面に固まる。
「‥‥‥大丈夫。大丈夫よ」
ぐずぐすしていると、オリヴィエの独り言が耳に届いた。独り言を聞いてしまうと、後ろめたくてもう出る事が出来ない。
(何だ?何か持っているな)
目をこらすと、オリヴィエはフライパンを持っていた。
(ん?)
目を疑ったが、間違いなくフライパンだ。
「襲いかかって来たら、これで防げばいいんだから」
穏やかでない言葉にぎょっとしてオリヴィエの顔を見ると、オリヴィエの顔は真っ青になっている。
「前はパーティー会場で襲われたから、ここにいれば誰にも迷惑をかけないわ」
(何だって?)
たまらず立ち上がると、オリヴィエの向こう側に人影が見えた。
「――危ない!」
思わず叫ぶと、オリヴィエも気付いて男を見た。ルカディウスは走った。
男は短剣を持っている。
「少し切るだけだ!」
男が短剣を振り上げると、オリヴィエはフライパンで防ごうと屈む。
(――いや、無理だろう!)
ルカディウスはとっさに石を掴み、男に投げた。石は男の腕に当たり、男が体勢を崩す。
ルカディウスは一気に距離をつめ、振り上げた足を男の首筋に叩きつけた。踵落としだ。深く決まったが、ルカディウスの体重は大人に比べ軽い。
「衛兵!いないか!」
ルカディウスが叫ぶと、門から騎士が駆けつけた。
「ご無事ですか?!」
「男が1人とは限らない!周辺をくまなく調べてくれ」
ルカディウスは息を切らしながら騎士に言うと、振り返ってオリヴィエを見据えた。
震える手でフライパンを握り締めている。
「――無謀だ!」
まだ9年しか生きていないが、女の子を怒鳴ったのは初めてだ。
空色の瞳にみるみる涙が溜まり、ぽろりと一筋流れた。
(‥‥!)
オリヴィエの涙に、一気にルカディウスは血の気が引いた。
「‥‥っ」
声を殺して涙を堪らえようとするオリヴィエを見て、心臓が掴まれた気分になった。
「おいっ!」
「うわっ!?」
後頭部を強かに殴られた。振り向くと、アルフォンスが立っている。
「こら!いくらなんでも女の子を泣かせるな」
アルフォンスの言葉に更に狼狽える。
「ぼ、僕が泣かせたのか?」
「どう見てもそうだろう」
オリヴィエを見ると、カッサンドラの使用人に手を引かれ邸に戻っている。ルカディウスはオロオロと謝る事も出来ず、ただ姿を見送るしか出来なかった。




