第二話ー知るはずのない婚約
「皇室図書館とはこれまた。ここで待ちますので、お帰りの際には声をかけてください」
御者と別れ、図書館へ向かう。
図書館に来るのも初めてだ。調べたいものも初めて出来た。
皇室図書館を使用出来る者は限られているため、人はまばらだ。
(回帰‥‥回帰。あった)
分厚い聖書をめくり、目当ての単語を見つけた。
《――回帰。女神による恩恵。人生を繰り返すこと。数千年に一度、女神により気まぐれで起こる事がある》
聖書は一通り読んで記憶している。にも関わらず、どうしてもう一度確かめたくなったのか、僕にも分からない。
「‥‥‥面白いな」
図書館から馬車へ向かう足取りは軽かったように思う。初めての感覚だ。途中で皇太子殿下と遭遇した。声をかけられたので、いつもより明るく返事をしたら、少し話が弾んで友人になった。殿下もなかなか面白い人だ。
次の日も皇太子殿下に呼ばれて皇城へ行った。退屈だった日常が少しだけ変わった。
オリヴィエが言った『回帰』とは、どういう意味だったのかは分からない。ただ、その日からオリヴィエがメロディに辛く当たることはなくなった。周りへのキツい態度も鳴りを潜め、人が変わったように大人しくなったそうだ。
◇◇
1年後、ルカディウス8歳。
オリヴィエの9歳の誕生日パーティー。この日も僕は木の上に居た。しばらくするとオリヴィエが木の下にやってきて、その場にストンと座った。今日は泣いてはいないようだ。
「‥‥はぁ。全然駄目だわ。この1年、悪評が変わらなかった‥‥このままだと、前みたいに皇太子殿下の婚約者になってしまう」
(婚約者?確かに殿下と年の近い高位貴族の令嬢は多くない。オリヴィエ嬢に打診が行ってもおかしくはないが‥‥)
下を見ると、去年より髪の伸びたオリヴィエが見えた。前の様に目に涙は浮かべていないが、何かを諦めたような、深い空色の瞳に吸い込まれそうになった。
オリヴィエはしばらく木の下でぼーっと佇むと、またどこかへ行ってしまった。
◇◇
オリヴィエがいなくなり、ルカディウスも会場へ戻った。去年の様にさぼってばかりではいられない。
「ルカ!どこへ行ってたんだ」
会場に戻ったルカディウスに声をかけたのは、皇太子アルフォンス・ヴァレンティン。皇族特有の燃えるような赤い髪をしている。
昨年図書館の帰りに出会って以来、頻繁に皇城へ呼ぶものだから、すっかり気心の知れた友人になった。
「ちょっと散歩だ。カッサンドラ侯爵邸は久しぶりだから」
ジロリと近くにいた父の視線を感じた。アルフォンスとの会話は、二人だと砕けた話し方をするが、ここは公の場。弁えなければ。
「殿下、オリヴィエ嬢とはお会いになりましたか?」
丁寧な口調に一瞬ぎょっとしたものの、アルフォンスは答えた。
「最初に挨拶はされたが、それきりだな。そういえば主役なはずなのにどこへ行ったのだろう」
会場を見渡すと、主役の様に着飾ったメロディの姿が見える。
(オリヴィエ嬢のドレスは一瞬しか見てないが、だいぶ落ち着いた色味だったな)
確かブラウンのドレスだった。9歳の令嬢が着るような華やかな色ではない。ましてや自分が主役のパーティーの日に。
くわえてカッサンドラの誰もが、いないオリヴィエの事を気にしていない。
「どうした?眉間に皺がよってるぞ」
アルフォンスの指摘に、驚いて顔を上げる。確かに何かが癇に触る。しかし何に自分がイラついているのかは分からない。
「何でもありません」
そう言って表情を繕う。
一つだけ明確に気になっていることがあり、アルフォンスの耳元で聞いた。
「アル、オリヴィエ嬢との婚約の話があるのか?」
アルフォンスは目を見開いた。
「出ているが、驚いたな。何故知っている?まだ一部の者しか知らない事を」
(ふむ‥‥と言うことは、オリヴィエ嬢にはまだ伝わっていないはずの情報か)
思案していると、アルフォンスがにやにやと言った。
「なんだ?ルカ。お前がイラついている理由はそれか?」
「違う。変な思い違いをしないでくれないか」
「照れるなよ。パーティーに来たかいがあったな。珍しいものが見れた」
にやにやの収まらないアルフォンスに、無性に腹が立ち、父に見えないように足で脛を小突いた。
その年、オリヴィエとアルフォンスの婚約は正式には結ばれなかった。オリヴィエが皇室主催のパーティーで問題を起こしたからだ。オリヴィエは婚約者候補のまま、高位貴族から他にも候補が増えた。
問題と言っても、パーティーで他の令嬢と揉めたくらいだ。その後の新聞がその出来事を派手に煽ったので、オリヴィエは数日の自宅謹慎になり、皇太子との婚約は延期となった。
それからしばらく、オリヴィエの悪評が皇都で話題に上がった。




