第一話ー退屈だった僕の世界
僕が初めてオリヴィエ・カッサンドラを意識したのは、8歳の時だ。
カッサンドラ侯爵家と、我がエステルギア公爵家は昔から交流が深く、オリヴィエとは産まれた頃からの付き合いはある。
カッサンドラ侯爵家には長男であるライボルト・カッサンドラ。次男のアレスター・カッサンドラ。そして長女のオリヴィエの三人の子供たちが居た。
しかしオリヴィエが7歳の時、父であるカッサンドラ侯爵は1人の女の子を連れて来た。
オリヴィエを除く二人の兄弟と同じ金髪を持った、美しい少女。メロディ・ノイマン。
侯爵が言うには、交流のあったノイマン伯爵夫妻の1人娘で、夫妻を不慮の事故で亡くして天涯孤独の身になったと言う。
そうしてカッサンドラ侯爵が連れて来たメロディ・ノイマンは、侯爵家の養子となり、メロディ・カッサンドラとなった。
侯爵家で手厚く迎えられたメロディは、持ち前の明るさと可愛らしさで、あっという間に侯爵家に馴染んだ様だ。しかしオリヴィエは面白くない。それはそうだろう。僕だって嫌だ。自分より他所の子を可愛がられたら嫉妬だってするだろう。とにかく、元々愛想の良くなかったオリヴィエはこの頃から性格が歪んでいく。
そういう話を小耳に挟みながら、僕の1年は過ぎた。
何かした訳じゃない。両家の使用人や家族が噂することから推測しただけだし、貴族の家にとって珍しい事じゃない。何より、僕だってまだ6歳の子供だ。何の力もない。あったとしても、何もしないけれど。カッサンドラ侯爵家の内情なんてどうでもよかった。
兄より少し遅れて剣術を習い始めた頃、師範の前で型を披露した。すぐに師範は父であるエステルギア公爵の執務室を訪ねた。
「閣下!ルカディウス様の剣術は素晴らしいです。私などより、もっと名の知れた師範を付けるべきです」
「‥‥ふむ。そうか。君はもう下がっていい」
興奮した様子の僕の師範だった人は、父との温度差に驚いていた。息子の剣術が認められれば、親ならば喜ぶはずだろう。だけど父は違った。師範が下がると、低い声で僕に言った。
「剣術を習うのはもう少し遅らせよう。いいか、ルカディウス。兄より才を出してはいけない。かしこいお前なら、分かるだろう?」
勉学でも同じことだ。目で見て、耳で聞いた事はすぐに覚えてしまう。兄も子供ながらに僕との差を感じて、冷たい態度をとるようになった。僕は極力何もしないようにした。したいとも思わない。何をしてもつまらないし、退屈だった。
――そして、オリヴィエ・カッサンドラの8歳の誕生日パーティー。この日から僕は少しずつ変わった。
僕はパーティーに出席したものの、会場には居たくないので庭の木の上で寝ていた。カッサンドラ侯爵邸の庭も慣れたものだ。訪れて時間を潰せる場所を三箇所は押さえてある。
「うっうう。嘘でしょう‥‥?」
ふと、気付くと木の下に誰かいる。夜空に溶けそうな深い藍色の髪。
(オリヴィエ嬢か。また仲間に入れず1人でいるのか)
僕は視線を空に移した。メロディが来てからと言うもの、オリヴィエは彼女に辛く当たるようになり、メロディを気に入っている兄達や使用人から冷たい視線を向けられる様になった。いつも機嫌が悪そうな態度を取り、1人でいることが多いらしい。
「うっうっ」
(泣いているのか?他の場所でしてくれよ‥‥)
人として最低だが、僕は元々こういう奴だ。
「‥‥回帰だなんて。‥‥もうあんな目に合いたくない」
(ん?)
僕は人よりあらゆる事が優れているが、中でも突出したものがある。――耳だ。常人より耳が良い。部屋の中に居ても、使用人達の会話がクリアに聞こえる程に。
だからボソボソと独り言を呟くオリヴィエの声もクリアに聞こえた。
(かいき‥‥回帰。面白い独り言だな)
耳を澄ませていたが、オリヴィエはそれ以上は何も言わず、少し泣いたら木の下からいなくなった。会場に戻ったのだろう。
僕はこの時7歳だった。勉学や鍛錬を真面目に受けない不真面目な公爵家の次男として知られていた。
だけど家族に何も言わずパーティーをさぼったのは初めてだ。
僕は木から降りてそのまま馬車に向かった。
「おや?坊っちゃん。お先に帰られますか?」
この日の御者は顔なじみの老騎士だ。僕の相手もよくしてくれる。
「ああ。ここは退屈だからね。行きたいところがある」
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投稿初日につき、3話投稿予定です。




