夢か現実か
ティルダに催眠薬を飲ませた直後、キィン、と澄んだ金属音がしたと思ったら俺は異空間に閉じ込めらていれた。
こんな高位魔法、誰の仕業だ?
しかも体が動かないなんて厄介だ。
するとティルダが糸の切れた操り人形のようにユラリと起き上がったと思ったら、虚ろな目で俺に微笑んだ。
ゾクリと悪寒が走る。
ティルダがやったんだ。
滝の様に流れる汗も拭えずティルダの動向を伺っていると、ティルダは小首をかしげてゆっくりとこちらに近づいてきた。
そして水色の瞳に俺を映した。
『あなた、だぁれ?』
「は……? わ、忘れ、たのか? ライン、ハルト、だ……」
『ライン、ハルト……?』
「っお前の兄だ……! 思いだし、てくれ!」
俺は強張った喉を必死に開き声を上げた。
だが出たのは許しを乞う様な情けない声。
ティルダの中にいる別人格に気づき恐怖を感じていた。
『ラインハルト、お兄、さま……?』
「そう! そうだ!! 早く思い出して、何とかしてくれ!!」
必死に訴えるもティルダはうーんと反対に首を傾げるだけ。
仕方ない、こうなったら不意をついて逃げてやる。
俺は唇を噛み痛みで支配から抜け出すと、右手に集中して魔力を貯めていく。
そして氷魔法を発動させようとした時だ。
『それは精霊さんから借りてるだいじな力。 あなたには使わせない』
抑揚のない声にハッと息を呑む。
ティルダが指を一本立てて小さく円を描くと、さっきまで熱くなっていた手が氷の様に冷たくなった。
貯めていた筈の魔力が無くなってるのだ。
『ラインハルトって、確かランタッベルの王子さまだよね。 平気で人を傷つける人だって知ってるよ』
「な、何を……」
『この体だってそう。 中にいる子がずっと泣いてたもん』
「ま、待て! 中にいる子って、じゃあお前は、何者だ……?」
『精霊の愛し仔、エフェリーネだよ』
そう言って彼女は愛らしい笑みを浮かべて軽やかにスカートを翻した
精霊の愛し仔って確かフカルクの伝説にある精霊女王の仔どもだ。
全ての精霊に愛され祝福された人間で、有りとあらゆる魔法を発動させる事ができるという、創造神に次ぐ魔法の使い手だ。
まさかティルダがそうなのか?
本当にそうなら、俺はとんでもないものを起こしてしまったのか?!
『ねぇ、あなたはどうして魔法を使うの?』
目を細め少しおどけた声色で聞いてくるから質問の真意が掴めない。
「どうしてって……、国を守る、王に、なる為だ」
『……ホントに?』
スッと笑みが消えた。
だが嘘ではないので俺はコクリと頷く。
水色の瞳に追い詰められている今、それが精一杯だった。
するとティルダの顔が曇った。
『じゃああんな使い方しちゃダメ。 精霊さんに返して』
ティルダの指先がトン、と俺の胸元に触れた。
「??!!」
突然極寒の地に放り込まれた様な悪寒に襲われ、俺はガクリと膝をつき両手で体を抱えた。
なんだこれ、全身の機能が停止しそうだ。
『あ、やりすぎちゃった。 ここまで取っちゃったら死んじゃうから、ちょっとだけ返してあげる』
ティルダが俺の額に指を当てると、瞬時に喉が開きゴホゴホとむせ返る。
呼吸は楽になったが体は冷めたいままだ。
『魔力核って知ってる? そこからあなたの魔力を抜いたの。 どう? 魔法が使えない人の気持ち、わかった?』
『魔法が使えない』と聞いて慌てて自分の両手の平を見つめる。
……うそだろ、何も感じない。
体の奥から沸き立つ感覚も、魔法を発動させる時の高揚感も、何もない。
本当に魔力を失ったのか?
『魔法が使えるって当たり前じゃないの。 魔力があっても精霊さんが力を貸してくれるから魔法になるの。 それを傷つける為に使うなんて許さないから』
ティルダの冷ややかな視線に思わず息を呑んだ。
「使えないって……どれぐらいの間だ?」
『十年、二十年……それぐらいかかるかもね』
嘘だろ?!
そんなにかかったら国王になれないだろ?!
この瞬間、自分の未来が断たれた絶望を通り越して怒りが湧き上がった。
「この野郎!!」
『きゃあ!!』
魔法が使えないなら力で捻じ伏せればいい。
俺は咄嗟にティルダを組み敷いて細い首に手をかけた。
「お前の所為で何もかも滅茶苦茶だ! お前なんか……、お前なんか!!」
『あ……っ、うぅ……』
ティルダは呻きながら何とか俺の手を掴むが、余りにも弱々しくて笑ってしまう。
「構造上は人間だもんな。 魔力がなくたってお前を捻じ伏せる方法は幾らでも……」
ガシャァン!!!!
静寂を破る雷鳴のような破裂音。
異空間のカベがまるでガラスの様に飛び散り、慄き体を起こした瞬間、黒い何かが視界に飛び込んできた。
「ティルダを離せ!!」
魔法ではない何かで両肩を強く押し切られ、後ろへバランスを崩した俺はそのまま地面に叩きつけられた。
重い一撃にミシミシと骨が軋む。
狂気じみた殺気と尋常じゃない重圧を全身で受けながら何とか目を開くと、ナイフの様に鋭い水色の瞳の獣人が俺を見下ろしていた。
「……お前だけは絶対に許さねぇ」
俺よりも小さい獣人が、腹の上に伸し掛かって首を捻るように杖を喉に当てた。
そして両肘を踏みつけ完全に動きを封じられた。
クソッ! 魔力さえあれば……!
「カイ、そこまでにしよう」
「でも……!」
「ここは僕の管轄だ。 後は僕がやろう」
突然降ってきたのは殺伐とした空気を霧散させるような穏やかな男の話し声。
その言葉を聞いて腹の上にいた獣人が小さく舌打ちしてゆっくり体を起こした。
だが既に俺の体は動かせる状態ではなかった。
目だけで周囲を見回すと、突然目がチカチカするほどに輝く銀のカーテンに視界を遮られる。
「折角エフェリーネが魔力を残してくれたのに、君はその慈悲を無下にした。 流石に看過できないな」
「え……?」
「代々分け与えてきた精霊の加護は返してもらうよ」
「加護を返すって、あんた一体……」
「この国を作った創造神ロウハラッドだ」
すると美しい顔の男はまるで熱を測るように、大きな手の平を俺の額に置いた。
途端に強烈な眠気に襲われ強張っていた緊張から解放される。
「残念だけど君はここで幕引きだ。 エフェリーナを起こしたのが運の尽きだったね」
精霊の愛し仔、創造神。
俺はいつから夢を見ていたのだろうか。




