止まない負の波
「ラインハルトお兄さまから?」
「はい。 ティルダ様に直接渡して欲しいと……」
面会を終えたその日の晩、名前を呼ばれてお部屋の扉を開けたら、若い女の子の使用人さんがこまった顔で一枚の白い封筒をにぎりしめて立っていた。
もしかしてムリやりわたされたのかな。
一応来賓だし受け取らなきゃ失礼になるよね。
私は『ありがとうございます』と笑って手紙を受け取った。
その使用人さんは何度も何度も頭を下げて帰っていった。
ホントはクライブさんに聞いた方が良かったんだろうけど、今は別のご用事でいないし仕方ない。
手紙くらいなら大丈夫だよね。
パタンと扉をしめた途端、ムクムクが手紙に飛びつく勢いで足元をピョンピョン飛び回る。
「クォンクォン! クォンクォン!」
「ムクムク、どうしたの? これは紙だから食べちゃダメだよ!」
「クォンクォン!! クォンクォン!!」
どうしたんだろう、様子がおかしい。
食べものでも入ってるのかな。
私は中々あきらめないムクムクをよけながら手紙の封をあけた。
なんだ、中は羊皮紙だ。 食べ物じゃない。
カサ、とかわいた音を立てつつ羊皮紙を広げようとしたら、ムクムクが『クォン!!』と一際大きな声で鳴いてドン!!と私に体当たりした。
「きゃあ!!」
巨大ボールみたいなムクムクに突進されたら立っていられない。
私は床に倒れこみ、手紙を落としてしまった。
それをムクムクが踏みつけた時だ。
羊皮紙からブワッ!と青白い光が真っ直ぐ天井めがけてあふれ出た。
その光景にゾッと全身から血の気が引いた。
「会えて嬉しいよ、ティルダ」
光の柱が消えると、そこにラインハルトお兄さまが冷たい笑みを浮かべて立っていた。
お兄さまの足元に落ちてる羊皮紙を見ると、そこに何かの魔法陣が書いてあった。
まさか転移魔法?
「クォンクォン!!」
「コイツ、もしかして魔物か? 邪魔をするな」
激しく吠え立てるムクムクに向かってお兄さまはバッと手の平を向けると、ムクムクをあっという間に氷の塊にしてしまった。
「ムクムク?!」
ゴロリと床に転がるムクムクには目もくれず、お兄さまはその青い目を細めて近づいてくる。
そして動けずにいる私の口を塞ぐように顎をつかんだ。
「だが従者がいないのは運が良かったな。 ホラいくぞ」
「ティルダ様!!」
バァン!!と勢いよく扉が開いた先に青白い顔をしたクライブさんが立っていた。
ムクムクの声を聞いて来てくれたんだ!!
「その丸耳、お前が希少種黒ジャガーの獣人か」
そう言ってお兄さまは咄嗟に私を片手で抱き込み、どこからか取り出した小瓶のフタをキュポンとあけた。
そして目を吊り上げ攻め寄るクライブさんめがけてそれを振りまいた。
あっという間に甘い香りが部屋中に広がり、私もクライブさんも慌てて手で鼻口を塞いだ。
「な……、これ、は……?」
「眠り薬さ。 まぁ俺は耐性を付けてるから大して効かないけど」
何とか顔だけクライブさんの方に向けると、すごく苦しそうに顔をゆがめてる。
それを見てお兄さまは喉の奥でクツクツと笑う。
「安心しろ。 お前はティルダと一緒に飼ってやるから」
「この……!」
するとクライブさんは自分の左腕を服の上から勢いよく噛みついた。
そして紫色の目を血走らせ、血を滲ませた口を開き牙を剥く。
イヤな予感がする。
「ダメェッ!!」
私はお兄さまを思い切り突き飛ばしてクライブさんの所に走った。
クライブさんは私と目が合うと、泣きそうな顔をしてガクリと膝をついた。
そのままグラリと倒れそうになるクライブさんを私はあわてて抱きとめた。
薬のせいかな、体がすごく熱い。
「ティルダ……さ、ま……」
目を閉じたまま、まるでうわ言の様に私を呼ぶ。
その弱々しい声にゾッと背筋がふるえた。
「薬でも魔法に耐性のない獣人にはよく効くみたいだな。 実に面白い」
目の前に苦しんでる人がいるのに笑ってるお兄さまがすごく怖い。
歯向かえばこのまま殺されるかもしれない。
そんなのダメ、絶対にダメ!
私は天井にむかって大声でさけんだ。
「おねがい!! 誰か助けてっ!!」
すると突然ゴォッ!!と嵐のような激しい風に体があおられる。
でもそれは一瞬でとおりすぎて、何かと思って振り返ったら私たちとお兄さまとの間に風が吹き荒れていた。
「何だ、これは……?!」
ゴォゴォと部屋を揺らすような大きな音の中でお兄さまがなにかさけんでる。
精霊さんが私に力をかしてくれたんだ。
今なら何でもできるかもしれない!
「精霊さん、このままクライブさんとムクムクをディオン様のところへ!!」
私はどうなってもいいからおねがい。
もう大切なものをうばわれたくない。
熱で朦朧としてるクライブさんをギュウギュウにだきしめていたら、突然フッとその熱がなくなった。
腕の中には何もない。
パッとムクムクがいた所を見ると、ムクムクもいなくなってる。
やった、うまくいった!!
「うぅっ!!」
突然胸の奥に何かが刺さったような強い痛みを感じた。
それと同時に風が止んでシンと静まり返る。
「ハァ、ハァ……、何だよ今の。 まさかティルダ、お前がやったのか?」
風のカベを壊そうとしてたのか、お兄さまの両手の部分が血まみれになっていた。
あのお兄さまがそれほど手こずったんだから、さっきの風の力は相当強かったんだ。
私は軋むようにいたい胸をおさえながら、そんなことを考えていた。
「おいおい、従者までいなくなってるじゃないか。 まさか転移させたのか? すごいじゃないか!!」
お兄さまはまるで何かに取り憑かれたかのように大きく目を開いて高笑った。
そして苦しんでる私の側まで来ると、片膝をついて私の頬をゆっくりとなでる。
「やっぱりお前は俺の隣にいるのが相応しい。 こんな野蛮な獣人達に囲まれて暮らすなんて、お前の品格まで疑われるから止めとけ」
「野蛮なんかじゃない……獣人さんは皆やさしいよ!」
「獣人の能力なんて所詮は身体特化だろ。 そんなもの魔法で幾らでもできるし、さっきみたいに薬であっさりと蹂躙できる。 大した事ないさ」
パシンッ!!
「これ以上獣人さんを悪く言ったら許さないから!!」
くやしい、悲しい、許せない。
色んな感情がごちゃまぜになって息苦しい中、私は泣きながらお兄さまの頬を思いきり叩いた。
お兄さまは何が起きたのか分からないような顔で、赤くなった頬をなでた。
そしてやっと私に叩かれた事に気づいてわなわなと肩をふるわせた。
「この野郎!!」
「いたっ!!」
目を血走らせたお兄さまはものすごい力で私の髪を掴んで床へと投げつけた。
目の奥で星がチカチカして白くかすむ。
「俺に歯向かうなら仕方ないな」
お兄さまはそう言って私をゴロリと仰向けにすると、赤く透きとおった水が入った小さな小瓶を私の目の前でちらつかせた。
「これは催眠魔法を施した薬だ。 だがこれはまだ王族の者しか扱えない禁忌の薬だ。 光栄だろ?」
まさか、それを私に?
「や、やめて……」
「大丈夫だ。 多少精神負荷はかかるらしいが帰ったらちゃんと治してやるよ」
お兄さまは笑いながら、私の顎をつかんで無理やり口を開けさせた。
すると血の味が喉にながれこんできた。
飲み込みたくないのに顎をつかまれてて抵抗できない。
泣きながらそれをゴクリと飲み込んだ時だ。
スッと目の前から光が消え、ドプンと体が水の中に落ちた感覚がした。
そう、誰かの意識の中に落ちたときみたいだ。
でも、誰の中に?
答えが出せないまま、私はそのまま目を閉じた。




