逃さない
「ティルダを……? 何故です? 王女ならマリアーナも……!」
「ランタッベルには《《王女は一人》》なのだろう? だから彼女を花嫁として迎えてもそちらに何も支障はない」
「ですが人間が獣人の花嫁などフカルクの民は納得するのですか?!」
「まぁ反発は起こるだろうが、《《事情》》を知れば間違いなく民は歓迎してくれる。 問題はない」
事情?! 何だそれは!!
だからって『はいどうぞ』って渡せる訳ないだろう!
……まさかティルダに魔法を消す力があるのに気づいているとか?
いや、魔法を使わないフカルクではそれを披露する機会なんてないだろうし、ティルダだって自分の能力に気づいてない様子だった。
となると同情を引く程度の理解だろうから、フカルクがそれに気づく前に早く連れて帰らなくては。
俺はもう一度深く深く頭を下げた。
「お願いです! それでもティルダには現国王の血が流れているのです。 一度ティルダを連れて実父である国王に判断を仰ぎたいのです。 どうか、一時帰国を許して頂けないでしょうか!」
この重圧の中では息もまともに出来ない。
頼む、ここで折れてくれ!
「行きません」
愛らしい、でも凛とした声が響く。
俺は弾かれたように顔を上げると、ティルダが困惑した表情でディオン王子の服の裾を握りこちらを見ていた。
「ティルダ……」
「私は行きません。 行きたくありません!」
そう言ってティルダはディオン王子の座る上質な革張りの椅子の後ろへ隠れてしまった。
ディオン王子はそんなティルダを安堵の表情で見つめた後、再び俺と向き直る。
「これで決まりだな。 この通りティルダの意志は確固たるものだ。 それでも連れて帰るというなら今度は国王直々に来て頂こう」
「そんな……ティルダ、話を聞いてくれ!!」
「私は彼女の意思を尊重したいので話はこれで終わりだ。 勿論貴殿の申し入れは受諾できない。 国に戻ってよろしく伝えてくれ」
「ま、待って下さい!!」
ディオン王子が席を立つと、部屋の入口で待機していた騎士達があっという間に俺とドルトンを取り囲み、退室を余儀なくされた。
目論見は失敗に終わってしまった。
◇
それから俺とドルトンは客間へ通され、そこで一晩過ごす事になった。
二人で過ごすには充分過ぎる部屋の広さ。
魔力を蓄えた鉱石で可動する保冷庫に湯沸かし器。
まだ市民には然程広まっていないだろう贅沢な調度品がこの部屋には揃っていた。
これだけあれば明日朝の出国まで使用人が付かなくても不自由はしない。
王族の来賓に相応しい歓迎ではあるが、言い換えれば『ここから出るな』という意味だろう。
俺は窓際に置かれた豪奢な椅子に腰を下ろして足を投げ出すと、ドルトンが落ち着かない様子で話しかけてきた。
「ラインハルト様……、今後どうしますか」
「『どうしますか』じゃないだろう。 ドルトンこそ何故何も言わなかった?!」
「……私もまさかティルダ姫があれほどに歓迎されているとは思いませんでした。 獣人族、中でも狼属は一度取り込んだものへの執着は尋常ではありません。 ティルダ姫を花嫁として迎え入れたとなると、取り戻すのはほぼ不可能でしょう」
「じゃあ俺に『無理でした』ってノコノコ帰れというのか!」
「いえ、決してそういう訳では……」
「じゃあどうしろって言うんだよ!!」
俺はダン!と側にあるテーブルを叩き、外聞をはばかる事なく声を張り上げる。
俺は次期国王になる人間。
ここで失敗は許されない。
ソウ、何トシテモ、連レ戻サナケレバ。
「……そうだ、まだ方法はある。 俺の言うことが聞けないなら聞けるようにすればいい」
俺はトランクケースから黒のインクとガラスペン、そしてメモ用紙サイズの羊皮紙数枚と封筒を取り出しそれを机の上に広げた。
「ラインハルト様、こんな時に一体何を?」
「使用人に親愛なる妹へ手紙を届けて貰うんだ。 この程度なら許されるだろう?」
ティルダが封を開けたときの顔を想像して思わず頬が緩む。
魔術大国ランタッベルの次期国王としてこれまで様々な《《教養》》を身につけてきたのだ。
本気になれば一人の少女を捕らえるなんて容易い事。
早速ペンにインクをのせて羊皮紙の上に線を走らせる。
「ティルダ、お前がいけないんだぞ? 兄様の言うことはちゃんと聞かないと、な」
そして仄暗い欲望の様に溶けた蝋で封をする。
これでいい。
ティルダ、絶対逃がしてやらないよ。




