迫る影
そして五日後。
城門がひらき、シェムエール様と数名の騎士さまに付き添われて二頭立ての大きな馬車が城内に入ってきた。
ラインハルトお兄さまが到着したんだ。
とおくはなれた部屋から見てるだけなのに、緊張して喉がかわいてくる。
「クォンクォン!」
するとムクムクが興奮気味に私の足元へと駆け寄ってきた。
そしてその後を追うようにクライブさんも駆けつけ、私の足元でじゃれてたムクムクをつかまえた。
「ムクムク! ティルダ様はこれからお召変えに行くのですから私と待ってましょう!」
「大丈夫だよ。 ムクムクは私を元気づけるためにきてくれたんだよね?」
「クォン!」
ムクムクはクライブさんの腕の中で『そうだとも!』と言いたげにフンスと鼻をならす。
その顔におもわず頬がゆるんだ。
「あれ? そういえばクライブさん、お耳とシッポどうしたの?」
「あぁ、ランタッベルからの来賓なので人化して隠したんです。 外見で偏見を持たれては困りますからね」
「そうなんだ……」
確かにランタッベルの人は獣人さんをよく思わない人が多い。
ラインハルトお兄さまもきっとその一人。
でも私は獣人さんが好きだから耳がないとさみしいな。
早く話し合いを終わらせて人化をといてもらおう。
「それよりもティルダ様、先程ディオン様から言伝を預かりました。 『決して一人になるな』と」
「一人に? どうして?」
「恐らく先見の力が働いたのでしょう。 ティルダ様が暗闇に囚われてしまうといった話を聞きました」
「……!」
ゾクリと体が震えランタッベルにいた時の自分を思い出した。
でもすぐに頭を振ってそれを追い払う。
大丈夫、ぜったいそんな事にはならない。
そう一生懸命自分に言い聞かせる。
「クォーン!!」
するとムクムクが突然雄叫びをあげてクライブさんの腕からピョンと抜け出し、私に飛びかかってきた。
「きゃぁっ!!」
無防備だった私はみごとに押し倒されて、頭をゴン!と床にうちつけた。
「ティルダ様?! 大丈夫ですか?!」
クライブさんが青い顔して私を抱き起こしてくれた。
私はズキズキする後頭部をさすりながら、お腹の上にのってシッポをブンブン振りまわすムクムクを白い目で見る。
「ムクムク、どういうつもりなの?」
「クォンクォン、クォンクォン!」
「……ムクムクもティルダ様をお守りしたいのかもしれませんね」
「クライブさん、ムクムクの言ってること分かるの?」
「なんとなくですけどね。 でもこの声はきっとそうですよ」
「クォン!」
「……ムクムク、ありがとう。 私がんばるよ」
ギュッとムクムクを抱きしめて、窓から見える青い空をみあげた。
カイはもう、ランタッベルに着いたかな。
◇【ラインハルトSide】◇
『獣人の子どもといたピンクの髪の女の子が魔法を消したのを見た』
国境に近い町に差し掛かった時、襲いかかってきた賊の証言でティルダがフカルクに向かった可能性がでてきた。
魔法そのものを無効化する魔法なんてこの世には存在しない。
それを複数の人間が見たと言うのだから、それは水色の瞳をもつ者の仕業だという事だ。
そして俺がずっと疑問に思っていた『何故ティルダに魔法が直撃しないのか』。
その理由とようやく紐付いたのだった。
ティルダが獣人と一緒にいた理由は分からないが、とにかく俺達は急いで国境へと向かいフカルクに入国申請を出した。
だが国境付近で魔物が暴れているからと数日足止めを喰らってしまった。
その間にもティルダの存在がフカルクにバレてしまえばかなり厄介なことになる。
水色の瞳をもつ王女の存在を何故隠してきたのか。
ティルダへの虐待も然り。
間違いなく問い詰められるだろう。
だから誰よりも早くティルダを見つけなければならなかった。
だがこの判断が後々自分の首を締める事になる。
フカルクから入国許可が下りた時、何故か帝国騎士団の長であるフカルク帝国第二王子シェムエール・アウス=フカルクが直々にやってきて俺達に聞いたのだ。
『入国の理由はなんだ』と。
人化していた所為か、喉元に刃を当てられているような威圧感があった。
そんな彼からの問いかけに嘘が付ける程、俺は成熟していなかった。
『妹を探す為だ』
そう答えるしかなかった。
緊迫した状況は城に通された後にも続いた。
謁見室で対面した次期国王と呼ばれるフカルク帝国第一王子ディオン・アウス=フカルク。
彼もまた人化していて、端正な顔立ちと白銀の長髪が相まって息を呑むような美しさだった。
同時に水色の瞳は冷酷無比の色に見えた。
部屋の入口にはシェムエール王子、前方にはディオン王子。
狼の群に放り込まれた餌の気分だ。
……そう言えば、第三王子はいないのか?
とにかく落ち着け、俺だっていつかは彼らと対等の人間になるんだ。
ここで弱みを見せたら後々面倒になる。
とにかく俺は動揺を悟られないよう笑顔を貼り付け、王座の前に膝をつき頭を下げた。
「ディオン・アウス=フカルク様、この度はこの様な機会を設けて頂き誠に感謝致します」
「こちらこそ現国王が不在で申し訳ない。 代わりに私が話を聞こう」
「ありがとうございます」
もしかして先見の力の恩恵に肖って隠居したのか?
まぁ今はいい。
重要なのはそこじゃない。
「それで、我が妹ティルダを保護して下さったと聞いたのですが……」
その瞬間、この場の空気が恐ろしい程に冷たくなった。
首を絞められているかの様な緊張感。
視界の端に見えるドルトンは手を口で押さえて青い顔をしている。
宰相は鍛えてる訳ではないからこの空気に体が持たないのだろう。
「確か貴殿の妹君は一人しか居なかっただろう。 その妹君は紫の瞳の色をしていると聞いたのだが、ティルダが血縁者というのは本当なのか?」
「……はい。 間違いありません」
「そうか」
ディオン王子はまるで汚物でも見るかのような目で俺を見てくる。
クソッ、何であのバカ親父の為に俺がこんな侮辱を受けなきゃならないんだよ!
とにかく一秒でも早くこの場から出ていきたい。
俺がギリギリと奥歯を噛み締めていると、察してくれたのかディオン王子がシェムエール王子に何やら指示を出した。
「貴殿の顔色も良くない事だし、詳しい話はまた後ほど伺おう。 先に切望している妹君を連れてこよう」
「あ、ありがとうございます!!」
やっとだ!
来たのが本物だったらすぐにでも連れて帰ろう!
俺は固唾を飲んで入口の扉が開くのを待った。
ギィ、と重厚な鉄製の扉が開かれる。
するとティルダが目尻の下がった長身の従者と共に姿を見せた。
……これは一体どういう事だ。
ティルダは今までが嘘のように綺麗になっていた。
薄い紫と白を基調としたドレスにパールが星の様に散りばめられていて、ゆるく巻かれたピンクゴールドの髪によく似合ってる。
本物の王女、いや天使がいるかのようだった。
そんな彼女が目を伏せカーテシーをしてみせる。
「……お久しぶりです、ラインハルトお兄さま」
「あ、あぁ。 無事で、何よりだ、よ」
可憐さに見とれて危うく素の自分が出てしまいそうだった。
これは本気で連れて帰りたくなったぞ。
だが妙な話だ。
本来ならティルダは不正入国した罪人として裁かれる筈なのに、まるでフカルクに輿入れした王女の様な扱いだ。
何があったんだ?
するとディオン王は自分の側までティルダが来るなり、その手を引いて抱き寄せた。
そして不敵な笑みを浮かべる。
「大層美しいだろ。 貴殿らが見捨ててくれたおかげで私は彼女と運命的な出会いを果たすことができた」
「え……?」
「この度、彼女をフカルクの花嫁として迎え入れようと思う」
まさかの言葉に俺の頭は真っ白になった。




