大切なものはそっとしまって
約束をした日の夕刻、カイは自分がつけていたラピスライトのピアスを私にあずけてお城を発った。
『帰ってきた時に付けたいから』なんていうからホントに帰ってくるのか不安になる。
その話をクライブさんにしたら、次の日の朝に小さな小さな巾着袋を持ってきてくれた。
「折角ですからカイ様のピアスをここに入れて持ち歩いては如何でしょう」
「ステキ! そうする!!」
クライブさんの手の中にある巾着袋は、深い青に染めた布にビーズで刺繍がしてあった。
その刺繍がまるでお星さまのようにキラキラしていたから、私はひと目でそれが気に入った。
ラピスライトの装飾品はフカルクの王族だけが身につけるものだから、私はあくまで《《あずかった》》だけ。
それでも私はワクワクしながらその袋を受けとると、部屋にある一人掛けイスにピョンと腰かけた。
そしてポケットから白い布に包んでおいたカイのピアスを取り出してその中にしまった。
「クォンクォン!」
「ムクムク、これは大事なものだからぜったい食べちゃダメだからね?」
「クォン!」
「念の為、紐をリボン結びにしておきましょう」
「うん!」
クライブさんは私に巾着の紐をリボン型に結ぶ方法もいっしょに教えてくれた。
最初はむずかしくてちんぷんかんぷんだったけど、クライブさんが熱心に教えてくれたおかげでなんとか結べた。
「できたできた! まっすぐになったよ!」
「捻れもなく綺麗にできましたね。 今度はまた別の紐を使って練習してみましょう」
「うん!」
クライブさんはカイがいない間、私専属の従者としてそばにいてくれる事になった。
うれしい反面、気がかりな事はあった。
私はいっしょに喜んでくれていたクライブさんの腕の袖をクンと引いた。
「ティルダ様?」
「……この前はカイが黙ってランタッベルに行ったっていうし、今回はクライブさんもいっしょについて行きたかったんじゃない? 私のせいでまた離れ離れになっちゃってごめんなさい」
するとクライブさんは丸い耳をピンと立てて目を丸くした。
「何を仰いますか! 今回は私からティルダ様のお側にいたいと申し出たのです!」
「そうなの?」
クライブさんは大きくうなずくと、私の前で片膝をついた。
そして宝石みたいな紫色の目でジッと私を見つめて笑った。
「カイ様の大切なティルダ様をお守りするという栄誉を賜り光栄です。 ですからティルダ様が気に病むことは一つもありませんよ」
「……うん、ありがとう」
胸の奥が熱くなって、私はクライブさんにギュッと抱きついた。
するとクライブさんも細長いシッポをふって答えてくれる。
カイはいないけど、そばに味方がいるって本当にうれしい。
もちろんクライブさんだけじゃない。
ムクムクも、ディオン様も、シェムエール様も、このお城の使用人の皆さんだってそうだ。
私はほんとうに幸せ者だ。
「さぁ、そのままではディオン様が心配しますから、少し休んでからいきましょうか」
「うん」
私はぐいと目尻を拭いてカイのピアスの入った巾着を腰ポケットにしまった。
この日は大切な話があるらしく、ドキドキしながらクライブさんと執務室へと向かった。
木製の重い扉の向こうには、大きな執務机の上につんだ書類をとってペンをはしらせるディオン様がいた。
ディオン様は私に気づくとやさしい笑みを浮かべた。
「やぁティルダ。 昨日は眠れたかい?」
「はい。 クライブさんがずっと手を握っててくれたので安心して眠れました」
「ずっと、手を……握って……?」
するとディオン様はペンを置いた。
何か変なこと言ったかな。
クライブさんに向ける笑顔がちょっとこわい。
「そこまで仲が良いと妬けてしまうな。 クライブ、ティルダの独り占めは駄目だよ」
「い、いえ、勿論ムクムクも一緒ですし、ティルダ様が眠ったらちゃんと仕事に戻りますので、決して独り占めというわけでは……」
クライブさんは汗を流しながら目をうろつかせる。
さっきもつい抱きついちゃったけど、もしかしてあんまり甘えちゃダメだったかな。
一先ず私は勧められたローテーブルのそばにある革張りのふたりがけソファに座った。
するとディオン様はコホンと咳払いを一つ、そして机の上で両手の指をからめた。
「では話の本題に入ろう。 ここに来てもらったのは他でもない。 ランタッベルの王太子が来訪する事が決まった。 その報告だ」
「……はい」
「そして今回の来訪は視察でも外交でもない。 ティルダ、君を探す為だと言っている」
「私を、探す……ため……?」
「迎えに行ったシェムエールを見て震えてたみたいだけど、正直に言ってくれて良かったよ。 だから我々もティルダを保護している事を伝えて……って、ティルダ、大丈夫かい?」
「……あ」
気づいたら体がふるえていて、私は自分の体をギュッと抱きしめた。
そんな私をみてディオン様は眉を下げた。
「勿論我々はティルダを引き渡すつもりは更々ないよ。 だがその様子だとお兄さんと直接会うのは難しそうだね」
「……」
「私としてはティルダを苦しませる要因はなるべく排除しておきたい。 だからこの話はこのまま進めさせて貰うね」
「私も同意見です。 ティルダ様には一日でも早く安心して暮らせる様になって頂かないと」
わぁ、部屋の空気が一気に冷たくなった。
後ろで立ってるクライブさんを見たら目がすわってた。
ディオン様も笑ってるのは口元だけ。
……二人とも相当怒ってるみたいだ。
でもそれがすごくうれしかった。
「ディオン様、ありがとうございます。 私なら大丈夫です。 がんばってお兄さまとお話します!」
「ティルダ様、無理はいけません!」
「クライブさんもありがとう。 でもここで会っておかないとフカルクに不利になるような事を言ってきそうだもん。 ちゃんと私の意思でフカルクに居たいってお兄さまに伝えるよ」
眉を寄せるクライブさんにも何とか笑顔で答えた。
ここに来るまでたくさんの人に助けてもらった。
たくさんの人に背中を押してもらった。
なら私もがんばらないと。
大丈夫という代わりにギュッと奥歯をかみしめる。
するとディオン様も困ったような顔で笑みをうかべた。
「わかった。 ティルダの主張を受け入れよう。 来訪は五日後の予定だ。 それまでしっかり休んで備えておいて」
「はい。 ありがとうございます」
五日後……。
その頃カイはどの辺りにいるんだろう。
私はピアス入の巾着が入ってる側のポケットにそっとふれた。
「そしてティルダ、君にはもう一つ伝えておきたい事があるんだ」
ふと、ディオン様の表情がかたくなった。
そのままディオン様はクライブさんを部屋の外で待つように命じた。
一体何だろう。
バタン、としずかに扉がしまり、ディオン様と二人きりになった。
「ディオン様、何かあったのですか?」
私が話しかけるとディオン様は少しだけ頬をゆるめて、私が座っているとなりにやってきて腰をおろした。
「ティルダはカイがランタッベルに向かったのは知っているよね」
「はい……」
「カイはここを発つ前に私の所に来て言ったんだよ。 『ティルダを幸せにするのは俺だ』ってね」
「え?!」
「率直過ぎて驚いたよ。 でもその意味を聞いてもっと驚いた。 カイは面白い賭けにでたみたいだ」
「賭け? どういうことですか?」
「『自分の読みが当たれば、一番良い状態でティルダを守る事ができる筈だ』そうだよ。 面白いと思わないかい?」
一番いい状態で私を守るってどういう事?
カイと結婚できる、そういうのともちがうう気がする。
うーんと考え込んでると、ディオン様の手が私の手とそっと重なった。
パッとディオン様の方を向くと、ディオン様は水色の目を細めた。
「こういう時のカイの勘は当たることが多い。 だからそうなった時は、私も君達二人を祝福する。 私も君の幸せを願っているから」
「は、はい……」
するとディオン様は重ねていた私の手を取って、自分の頬に当てた。
まるでなでてほしいって言ってるみたいな目をしてる。
「でもカイが帰ってくるまでは……、私の婚約者として側にいてくれるかな」
頬に手を当てたまま少し小首をかしげ、白銀の髪がサラリとゆれる。
すごくすごくキレイな笑顔が間近にあって胸がドキドキしてしまう。
これはなんて答えたらいいのかな。
帰ってくるまでだから『はい』でいいのかな。
「え、と……」
「……王太子かくるから、表向きは、ね」
あ、そういうことか!
「わかりました!」
やっと返事を返したら、ディオン様はやっぱりさみしげな顔で眉を下げた。
何でそんなふうに笑うんだろう。
この笑顔のウラにある思いを理解できるようになるには、もう少し大人にならなきゃいけないんだろうな。




