本当の気持ち
「えっと……、だれと、だれとがでしょうか」
「私とティルダとだよ。 ティルダはランタッベルの王女であり『精霊の愛し仔』。 身分上問題はないし、これを機にランタッベルとの貿易交渉も本格的に進めていこうと思ってね」
「貿易交渉……?」
「まぁ詳しい話はまた追々するよ。 で、ティルダとしてはどうかな。 表向きは政略結婚という形になるけれど、こうすれば君はランタッベルへ帰る必要がなくなる。 フカルクには君を傷付ける者は一人もいないし、カイも一緒にいられるよ」
カイの名前がでて心臓の音がドクンと大きく鳴った。
ランタッベルには帰りたくない。
カイとずっと一緒にいたい。
ディオン様からの申し入れはそれを叶えてくれるステキな話。
だけど……。
「わ、私は王妃様になるお勉強も作法も何もしてません。 そんな私がディオン様のとなりに立つなんて……」
「確かティルダは八歳だったよね。 だったら王妃教育はこれからでも充分間に合うし、私も出来る限り手伝うよ」
「いえ、ディオン様にご迷惑をおかけするわけにはいきません。 そもそも大人のディオン様と子どもの私とじゃ釣り合いません」
「それも大丈夫だよ。 ティルダが大人になるまでちゃんと待つから」
『ダメかな?』と眉を下げるディオン様。
ランタッベルへ帰れば私はどうなるのか、それを察してくれてるから私を迎え入れようとしてくれてるんだ。
すごく、すごく幸せなことだ。
でも、私は……。
「起きて早々にごめんね。 本来ならこういう話はもっと落ち着いてから進めるべき話なんだけど、君が城を出て既に幾日か経っている。 今の状況でランタッベル側が干渉してきたら厄介だ。 そうなる前に形だけでも整えておきたいんだ」
ディオン様はだまりこんだ私を見て苦笑いを浮かべる。
そしてそっと私の頬に触れた。
ディオン様の指がひんやりしてるから、自分の顔が熱くなってるのがすぐに分かった。
「君がカイを慕っているは知ってる。 なのに政略結婚という形で君をフカルクに留めようとしてごめんね。 でも勘違いしないでほしい。 我々は……いや、私は君を救いたいと本気で思っている。 どうか前向きに考えてほしい」
「……」
「ちゃんとティルダに振り向いてもらえるように努力するし、私もカイに負けないぐらい君を大切にするよ。 ……良い返事を待ってる」
そう言ってディオン様は今までで一番やさしく笑って、部屋を出ていった。
今ここで答えが出ないことをわかってるからだ。
大人の人の対応、だ。
政略結婚といったらきこえは悪いけど、ディオン様はちゃんと私のことを思って言ってくれてるのが伝わってきた。
だからこそ、どうしたらいいのかわからなくなった。
◇
すっかり空に星でいっぱいになった頃。
あんな話を聞かされて、居てもたっても居られないオレは城内の訓練場へ向かった。
するとシェム兄が上半身脱いだ状態で一人大剣を振って鍛錬をやっていた。
シェム兄の背中には痛々しい古傷がたくさんある。
常に前線に立って国をまもってきた証拠だ。
ディオ兄が眠ってからは城に残ることも多かったから、夜に鍛錬をするのが日課になった。
オオカミ属は夜目が効くから問題ないとはいえ、相変わらずすごい人だ。
とおくからでも豪快に大剣を振るう音が聞こえてくる。
これは下手に近づけないな。
「シェム兄様!!」
シェム兄が手を止めた瞬間を見計らって遠くから声をかけた。
するとピクリと耳を動かして振り返った。
『どうした、こんな遅くに』と聞かれる前にオレはシェム兄のところまで走って頭を下げた。
「オレに稽古をつけてくれ!」
「……」
返事がないからオレは恐る恐る顔を上げた。
「……ダメか?」
「……いや、また様付きに戻ったのかと思ってな」
「え、そこ?」
「昔みたいに呼べ。 様はいらん」
「……分かった」
分かったけど、そここだわるところか?
まぁもう気を使う必要がないって事だよな。
シェム兄は腰に下げてあったタオルで顔の汗を拭うと、大剣を地面に突き刺してオレに向き直った。
「で、今までどれ程誘ってものってこなかったのに、どういう風の吹き回しだ?」
「……別に」
「大方検討はつくが、ちゃんと理由を話すなら考えてやろう」
う、見透かされてる感じだ。
オレは腰から下げた杖を手にとってシェム兄に視線を合わせる。
「今よりももっと強くなりたいんだ。 ……ティルダの護衛騎士としてふさわしい力がほしい」
ティルダはオレが不正出国に加担した罪を隠す為に一人でランタッベルへもどるつもりだ。
あんなひどい目に遭わされてるティルダが帰国すれば、どんな扱いを受けるか安易に想像できる。
でもオレたちはそんなこと願っちゃいない。
だからティルダが眠っている間、オレたちはティルダをどうすれば守れるのか話し合った。
そして出た答えが『ティルダをフカルクに花嫁として迎える』ことだ。
でもその相手は次期国王であるディオ兄だ。
オレは第三王子、ティルダとは釣り合わないし、万が一の事があってもシェム兄がいるから、オレがティルダの隣に立つことはほぼムリだろう。
だからオレはティルダの護衛騎士になれば側にいられると考えたんだ。
「あの件については少しは言い返すかと思ったが、もう納得したということだな」
シェム兄の言葉にズキリと胸が痛んだ。
納得した、そう、納得したんだからこんな気持ちになるのはおかしい。
シェム兄はため息を一つついた後、用具庫から真剣を持ってきて俺にわたした。
「騎士になるなら杖術など甘い考えは捨てろ。 時には人間を斬る覚悟が必要だ」
シェム兄の言葉で受け取った剣がずしりと重くなったのを感じた。
するとシェム兄はククッと口の端を上げた。
「震えてるぞ」
「……そ、そんなことない」
「まぁ今のお前には無理だ。 決意が固まってから出直してこい」
「それじゃダメなんだよ! ちゃんとやるから稽古を付けてくれ!」
「冷静になれと言ってる。 だからお前はまだ子どもなんだ」
「……!」
そう言ってシェム兄はオレに背を向けて、ベンチに掛けてあった服を手に取り袖を通す。
オレは柄を握りしめギリッと奥歯を噛みしめた。
子どもだから相手にしてくれないのか。
子どもだからあきらめなきゃならないのか。
どれだけ願っても時間は進まないのに、大人になりたくてもなれないのにどうしろっていうんだよ。
くやしい、くやしい、くやしい!!
オレは持っていた剣を高く振り上げ、勢いよく地面に突き刺した。
「アイツはオレが見つけたんだ! 横取りなんかされてたまるか!!」
オレは限界までたまった鬱憤を声にして吐きだした。
そして思い知る。
ティルダからもらった言葉でどれだけ救われたか。
ティルダの笑顔でどれだけ安心できたか。
ティルダに必要とされてどれだけうれしかったか。
『カイ、大好き!』
その言葉を聞いた瞬間、頭の上からたくさんの花が落ちてくるような高揚感で胸がいっぱいになるんだ。
それを今さら他人に譲るなんてできるわけがない。
――――オレだってティルダが好きなんだから。
「……何わらってんだよ、シェム兄」
クソ、ガキっぽい自分が嫌になる。
オレはみっともなく流れる涙を拳で拭いながら、肩を震わせてるシェム兄の背中を睨みつけた。
「いや、兄上に宣戦布告するとは中々かっこいいではないか」
「バカにしてる?」
「そんな訳ないだろう。 立場関係なく欲しいものを奪いに来る、実に獣人らしい振る舞いだ」
そう言ってシェム兄はゴツくて大きな手でオレの頭をポンポンと軽くたたき、立派な犬歯を見せて笑う。
「惚れた女の為だ、コネでも何でも使ってやってみろ。 強くなるのはそれからでも遅くはない」
「……うん」
早く大人になりたい。
でも子どもだから出来る事だってあるんじゃないか。
無理やり背伸びしなくても出来る事が。
「じゃあ早速なんだけど、一つお願いしても良い?」
「俺にか? 何だ」
「ランタッベルへの通行許可がほしい」
「こんな時期に何をする気だ。 まさかティルダ姫を送り返すつもりか?」
「いや、ある人に会いにいく。 オレの友達だ」




