思いがけない選択肢
「クォンクォン! クォンクォン!」
「ムクムク! ティルダ様が起きたのですか?!」
バタン!っと大きな音と共にカイはパッと私から飛び退いた。
カイの後ろでボヨンボヨンと飛び跳ねながら鳴いていたムクムクの声を聞きつけて、クライブさんが扉を壊しそうな勢いで入ってきた。
クライブさんは私と目が合うなりドバっと滝のような涙を流した。
「ティルダ様……! やっとお目覚めになったのですね!!」
「やっとって……どれぐらい眠ってたの?」
「ディオ兄を助けに行ってからもう三日経ってる」
「三日も?!」
ムクムクを助けた時はたしか一時間ぐらいだったのになんで三日なの?
「大まかな話はディオ兄から聞いたよ。 ムクムクの時よりも解毒するのに時間がかかってたみたいだからそれが原因なのかもな」
そっか、人の意識の中に長くいたせいでかなりエネルギーを消費したんだ。
バイエノールさんがむやみにやっちゃダメだっていうのも分かる気がした。
ハァ、と小さくため息をついたら、カイが私の頭をやさしくなでてくれた。
「ティルダ、がんばってくれてありがとな」
小さな口からこぼれたその言葉が、ジワリと私の胸を熱くした。
「……カイ、もう一回」
「何をだ?」
「名前。 ティルダって呼んで」
「何だよ……、ティルダ」
「もう一回」
「……ティルダ」
「へへっ、カイ大好き」
「な、自分で言わせといて何言ってんだよ!!」
カイの顔、まるでリンゴみたいだ。
シッポもすごくふくらんでてモフモフになってる。
するとクライブさんがニマニマゆるゆるの顔でこっちを見ていた。
「カイ様はティルダ様が眠っている間ずっと側で付き添われていたんですよ。 我々が何度も代わるといったのですが、頑なに離れようとしなくて大変だったんですから」
「クライブ! でまかせはいいから早く兄様達の所に行ってこい!」
「でまかせじゃないですよ! 夜だって絶対に離れなくて一緒に……ぐふぅっ!!」
「クォン!!」
あぁっ!
カイに投げられたムクムクがクライブさんの顔面に直撃しちゃった!
「カイ! ムクムク投げちゃダメ!!」
「さっさとムクムク連れて報告に行けって!」
「そんなぁ〜〜!」
バッタン!!
あぁ……、無理やりクライブさんを締め出しちゃった。
「カイ、人にあんな乱暴なことしたらダメだよ! それにムクムクはボールじゃないんだからね!」
「ちょうど散歩の時間だったからいいんだよ」
「お散歩? クライブさんがしてくれてるの?」
「あぁ。 クライブは抜けてるけど、ジャガー属だから城内一足も早くて体力もあるからな」
「そうなんだ!」
もしかして、カイも小さい頃はクライブさんと追いかけっこしてたのかな。
いつもカイのそばにいる理由も何となく分かった気がした。
「そうだ。 そっちに置いてるのは全部お前宛のお届けモノだからな」
「お届けモノ?」
カイが指差した方を見ると、ベッド隣にあるサイドテーブルの上に蔦で編んだ花かごが置いてあった。
いい香りはここからしていて、花かごを膝の上にのせて中をのぞくと、そこに色とりどりの花やいろんな色の石、色んな形をした葉っぱや見たことのない形のキノコなんかも入ってた。
「こんなにたくさん、誰から?」
「精霊たちだよ」
「精霊さん?」
「あぁ。 お前が眠った日の晩からバルコニーに色んなモノが置かれるようになったんだ。 たまたま石を運んできた精霊を見かけたから声をかけたら『愛し仔にお見舞いを』だってさ」
「へぇ!!」
「木や花の精霊たちからは葉っぱや花や木の実、森に住んでるっていう精霊は鉱石とかが多いな。 因みにその半透明の石は森の生気を吸収してるらしいからティルダの体にはよく効くんだってさ」
「そうなんだ……」
「そう思うとティルダはホントに『精霊の愛し仔』なんだな」
「フフ、みたいだね。 おかげでディオン様を助ける事ができてよかったよ」
「……そうだな」
あれ、何だかカイの顔が暗くなった?
なにかヘンなこと言ったかな。
「カイ……?」
「なんだ?」
水色の目がちょっと鋭くてドキリとした。
なんだろ、理由を聞きたかったけどちょっとこわくて話をそらす。
「そ、そうだ! いつからカイも精霊さんが見えるようになったの? お話だってできなかったよね?」
「バイエノールさんの加護のおかげみたいだ」
「バイエノールさんの?」
「城に戻る前にキスされたのがそうだったらしい。 オレも話し声が聞こえた時は幻聴かとおもったよ」
そういってカイは自分の頬をちょんと指さした。
するとあの時の光景がブワッとよみがえった。
とたんに胸の奥がグズグズと気持ち悪くなる。
加護を受けるためのことなんだから気にすることなんてない。
わかってるけど。
「……私が先にしたかった……」
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもない。 よかったね、加護をもらえて」
「? あ、あぁ、そうだな。 ……オイ、どうしたんだよ」
カイは身を乗り出して下を向く私の顔を覗き込んできた。
思わずはずかしくなって『なんでもない』と言って私はプイッと顔をそむけた。
いつもだったらそんな仕草もうれしいのに、今はまっすぐカイの顔がみれなくて、私はそのまま頭から上掛けを被ってもう一回眠ることにした。
◇
二度寝から目覚めると、窓の外は日が落ち始めて空がすこし赤くそまっていた。
この時にはもうカイはいなくて、代わりにディオン様がベッドのそばで束になった書類とにらめっこしていた。
でも私の目が開いた事に気がついて、読んでいた書類をサイドテーブル上に置いた。
「おはよう。 よく眠れたかい?」
「はい……」
ディオン様は私の額に手を当てて『熱はないね』とやさしく微笑んだ。
カイとちがって大きくてちょっとゴツゴツしてる。
意識の世界で出会ったディオン様と違って、今目の前にいるディオン様は当たり前だけど大人の姿だった。
一ヶ月も眠ってたから体はほそいけど、肩幅も広くて足も長そう。
水色の目はすこし切れ長になってるけど、長いまつげと優しい顔つきは変わらなくてホッとした。
「どうやら無理をさせてしまったみたいだね。 無事に目が覚めてよかった。 痛いところとかはないかい?」
「ハイ、いまのところは……」
「そうか。 食欲はどうだい? さっきクライブが軽食を運んでくれた。 プリンもあるし食べられそうならすこしでも食べてほしいな」
「ありがとうございます……」
あれだけ色々話してたのに、今は初めて会った人みたいで緊張してしまう。
するとディオン様は私がよそよそしくなってる事に気づいたみたいですこし眉を下げた。
「夢の中でも言ったけど、そんなに畏まらないで。
私はティルダとは対等でいたいんだ」
ディオン様はスッと立ち上がって、テーブルの上に置いてあったピッチャーでコップに水を注ぐ。
そして『どうぞ』と私に手渡してくれた。
「改めて助けてくれてありがとう。 君とカイのおかげでこうやってまた戻ってこれたし、ララの事も……本当によかったよ」
イスに腰掛けて深々と頭を下げられて私はブンブンと顔を左右にふった。
「私は何もしてません。 ディオン様がララさんと、自分の気持ちとちゃんと向き合ったからこうして目を覚ますことができたんですよ」
「ティルダがまた話を聞いてくれるって言ってくれたしね。 すごく心強かったよ」
柔らかく笑ってくれるから私の緊張も少しずつほどけていく。
声や見た目は変わってもディオン様はやさしい。
私はコクリと水を飲んでホッと息をついた。
「ティルダが寝ている間にカイやシェムエールから話を聞いたよ。 ランタッベルでは相当不遇な環境下にいたんだって?」
「は、はい。 母親が庶民だったという事もあってなかなか馴染めなくて……」
「ラインハルト王太子とマリアーナ王女だったかな。 年は近そうだが親しくはなかったのかい?」
「二人とも優秀な方ですから勉学や魔法の訓練などでずっと忙しそうでしたので」
私をおもちゃにして遊ぶ事はあったけど、お兄さま達は基本私のことなんか気にしてない。
もちろん王さまも。
「ディオン様たちはとても仲がいいですよね。 とてもうらやましいです」
「オオカミ属だから仲間意識が強いんだ。 シェムエールとは年も近いから親友みたいなものだし、カイとは年が離れてるけどそれがまた可愛くてね。 つい甘やかしてしまいたくなる」
「でもそのおかげでカイはすごくやさしいです。 ムクムクの時だって倒すんじゃなくて助けたんですよ。 ディオン様がカイに杖術を教えてくれたから傷付ける選択をしなかったんです。 かっこいいなって思いました」
「ムクムクってあの子どものコモンドルフィスだよね。 コモンドルフィスは普通サイズでも結構危険なのにとんでもなく大きかったんだろ? 剣を使わずによくやったよ」
ディオン様の声がうれしそうだから私もつられて笑った。
カイがすごいこと、皆にちゃんと伝わっててうれしい。
もう自分の卑下しないで自信持ってほしいな。
「そういえば、ティルダは体調が戻ったらランタッベルに帰るつもりなんだよね」
「カイを罪人にしたくないです。 カイは私の命の恩人でもありますから」
「嫌だと言ってただろう。 その意志は覆らないのかい?」
「……」
すぐに答えられなかった。
お城をでてからもう何日も経ってるからさすがにバレてるよね。
戻ったら……もう外にも出してもらえなくなるんだろうな。
コップの中の水がゆらゆらと揺れる。
「カイは相当無茶らしいけど、処遇に関しては私もシェムエールと同意見だよ。 でもティルダは我々を救ってくれた王女だ。 このままランタッベルへ帰すのは心苦しい」
「でも……」
「……もしティルダさえ良ければ、の話なんだけど」
「なんでしょうか」
「僕と婚約するというのはどうだろうか」
「……え?」
なにか、とんでもない話を聞いた気がした。




