名前を呼んで②
「もしかして、あなたはバイエノールさんが作った薬の精霊さん?」
『そうよ。 バイエノール様を知ってるってことはアナタが【精霊の愛し仔】ね? 役目を果たす前に会えて光栄だわ。 名前は?』
「ティルダです」
『そう。 ティルダ、よろしくね』
そういってアルティカの精霊さんは私の額にチュッとキスをくれた。
『出られない原因は魔力核だったのね。 役目を忘れてフラフラあそんでる精霊はどこにいるのかしら?』
精霊さんは私たちの後ろにある魔力核を見て、短い眉を寄せた。
「ちがうんです! ララさんはあそんでるんじゃなくて、ディオン様と別れるのが悲しくて……。 代わりにあなたの力で治すことはできないですか?」
『手伝う事はできるけど私一人じゃムリよ。 やっぱりこうなった原因を作った精霊じゃなきゃ治せないわ』
そっか。
やっぱりララさんがいないとダメなんだ。
「ララ……」
精霊さんはララさんを心配するディオン様を見て大きな緑色の目を丸くした。
『……たまにいるのよね。 私たちに名前をつける面白い人間が』
「どういうことですか?」
『精霊が見える人間はほんの一握り。 だから普段は安心して自分たちの仕事ができるのよ。 でも時々現れるのよ。 精霊と友達になろうとする人間がね』
「ディオン様みたいな人って事ですか?」
『そう。 中でも名前をもらったコは自分の役目を放棄してその人間といるようになるの。 ……でもそれは盟約違反だからいつか存在ごと消えちゃうけどね』
「そんな……じゃあララは僕のせいで……?」
声を震わせるディオン様に、精霊さんはフフフと笑ってディオン様の頭をやさしくなでた。
『そんな悲しい顔しないで? だってそれは私たちがそうしたいと選んだ事なんだから』
「え……」
『【ララ】ってアナタがつけたの?』
「……そうだけど」
『どうして【ララ】なの?』
「話していく内に『精霊さん』と呼ぶよりも名前がある方がいいかなって思ったんだ。 星みたいにキラキラしているから『ララ』にしたんだ」
「ステキ! 私もララさんが飛んできた時、流れ星かと思いました!」
「うん、黄金のドレスがよく似合うよね」
私たちはウンウンと大きくうなずきあう。
すると話を聞いていた精霊さんもうれしそうにくるくるっと宙を舞った。
『そんなステキな名前をもらったら一緒にいたくなるの仕方ないわ。 でも役目を果たさないまま一緒にいたら、もっと悲しい結果になることぐらい分かってるでしょ? ララ』
精霊さんがフッと見上げた方をみると、魔力核の上にちょこんとララさんが座っていた。
「ララ……!」
ディオン様がララさんに向けて両手を広げた。
その瞬間、ララさんはキュッと唇を引きむすんでそのまま腕の中へ飛び込んでいった。
いつからそこにいたのかは分からないけど、戻ってきてくれてホッとした。
『ディオン、ごめんなさい……。 私、私……』
「ララが謝る事なんて一つもないよ。 僕の方こそ君に甘え過ぎてた。 ごめんね」
するとララさんはディオン様の腕の中でポロポロと大粒の涙を流し始めた。
『私たちが役目を果たさないままだとこの体は朽ちてしまうのよ? それでもいいの?』
精霊さんの言葉にララさんはフルフルと首を横に振った。
『なら泣いてるヒマはないわよ。 早く少年を治さないとティルダまで意識の中に取り残されちゃう。 そうなったらバイエノール様がカンカンに怒っちゃうわよ?』
『でも……』
『大丈夫。 私も一緒に手伝うから』
アルティカの精霊さんはそっとララさんの手を引いて、ゆっくりと私たちから離れていく。
『ティルダ、お願いなんだけどカギ穴に付いてる羽を剥がしてくれる? 私達じゃ剥がせないのよ』
「……わかりました」
私は錠を手に取り、カギ穴についていた緑色のうすい膜をゆっくりとはがしていく。
ペリッと完全にはがし終わると、カギ穴からスゥッと鼻を抜けるようないい香りがした。
まるでアルティカのお花畑にいるようで、沈んでいた心がフッと軽くなっていく。
となりで見ていたディオン様も、何だか表情がやわらかい。
「清涼感があってとても安らぐ香りだね。 この香りがアルティカかい?」
「はい。 お花の形もとってもかわいいんですよ」
「そうか。 じゃあ起きたら城でアルティカを育てようか。 だからララ、僕達はまた会えるよ!」
ディオン様は自分からはなれていくララさんたちに大きな声で呼びかけた。
さみしいお別れにならないよう目一杯の笑顔で。
『ディオン……』
「ララは僕の大事な友達だ。 忘れたりはしない!」
『うん……! 絶対だよ!!』
「うん、約束だ」
泣き笑いの顔を見せたララさんは、精霊さんとギュッと手をつないで宙をクルクルクルッと三回転、そしてカギ穴を目指す。
そして二つの小さな流れ星が錠へと飛び込んだ瞬間、『カチン』とカギがはまった音がした。
少しずつ、ボロボロと鎖が錆びて落ちていく。
それと一緒に魔力核の表面もはがれてそこから真紅の宝石が見えてきた。
「僕の魔力核は、こんな色をしていたのか……」
粉砂糖のようなキラキラが舞う中で見上げる魔力核の美しさに、私たちは息を呑んだ。
その色はきっとディオン様にしか出せない、澄み切った赤だった。
◇
「んん……」
どこからか、お花のいい香りがする。
いつの間にかお花畑に来てたのかな、私はゆっくりと目を開けた。
でもまだ視界がぼんやりしてて、体も重いしうまく動かないや。
「ティルダ……?」
「クォンクォン!!」
あぁ、カイとムクムクの声だ。
という事はちゃんと現実世界に帰ってきたんだ。
声が聞こえた方へゆっくりと顔をむけると、大好きなカイの輪郭が見えてきた。
あれ、もしかして泣いてる……?
「カイ……、ただいま」
「ばかやろう……遅すぎだ!」
そう言ってカイは覆いかぶさるようにして私をギュッと抱きしめた。
腕の力は強いのに、カイの体は震えていた。
抱きしめ返したいのに、手に力が入らない。
「どうしたの……? もしかして、ディオン様はまだ起きてないの?」
「起きたよ! 起きたけど……今度はお前が眠ったままになってたんだよ!」
「……私が?」
カイは私の首元に顔を埋めたままコクンとうなずいた。




