名前を呼んで①
それから私たちは、しばらくララさんの名前を呼びながら歩いた。
でも戻ってきてくれるハズもなく、結局私たちはディオン様の魔力核の所へ先に行くことにした。
「あの大きな石が僕の魔力核だったんだね。 ティルダの言う通り、あの石には太い鎖が絡まってるよ」
ディオン様が指さした方をみると、丸い明かりがたくさんあった場所から少しはなれた所で淡い光を放つ石があった。
でも近くで見ると、それは宝石というより赤レンガのようにも見えて、シェムエール様と初めて会った時のような威圧感を感じる。
長く眠ってるからかな、くすんできてるのかもしれない。
「あれ、カギ穴がふさがってる……」
鎖についてる錠を手に取ると、カギ穴には緑色のうすい膜がはりついていた。
これ、もしかしたらララさんの羽かな。
だとしたらララさんは自分の役目を分かってる。
でもディオン様とはなれたくなくて穴を閉じてしまってるんだ。
何ともいえない罪悪感に心がチクリといたんだ。
「それが副作用を治す鍵穴なんだ。 ララは本当に僕を慕ってくれていたんだ……」
ディオン様もきっと気づいたんだ。
私がもっている錠を、横からディオン様がやさしくなでた。
ララさんは自分が副作用を治すカギだという事は話してなかったみたいだ。
ここに来るまでの間に、私はディオン様が今どういう状況なのか、そしてそれを治すにはどうすればいいのかを話した。
ディオン様は思いの外すんなりと話を受け入れてくれた。
薬を飲んで目をさましたら体がちぢんでいた事。
丸い明かりに今まで自分が見てきたものが映っていた事。
現実から目を背けたがっていた事。
『多分自分は殻の中にいる』
そんな感覚はあったみたい。
「ここは薄暗いのに不思議と恐怖はなかった。 だから早く出ようとか、焦燥感に駆られる事もなかったんだ。 寧ろ居心地がいいぐらいで……。 でもそれがいけなかったんだね。 結果皆に心配をかけてしまった」
「でもディオン様の気持ちもわかります。 見えた未来がよくないものだったら、私だって目をそらしたくなりますし」
何よりつらいのは、皆に心配かけないように自分の中で収めてしまっていたことだ。
共感してくれる人がいない。
前にシェムエール様が言ってた。
『不安な中で理解者がいるのは誰でも心強いものだ』
ウラをかえせばそういう事。
ララさんと出会えたから、今日まで一緒にいたんだよね。
「ここを出たら、今度は私にも聞かせてくださいね」
するとディオン様は水色の目を揺らした。
「……いいのかい? きっとティルダまで苦しい思いをする事になる。 君みたいな小さな姫に耐えられるか……」
「そしたら皆で抱えましょう。 ディオン様には頼りになる御兄弟もいるんです。 きっと一緒に持ってくれますよ!」
だって私は、みんながディオン様の為にがんばってるのを見たんだもの。
両手で拳を握ってそれを伝えたら、ディオン様は片手で目元を覆った。
そして『ありがとう』とつぶやいた。
でもここから出なきゃそれははじまらない。
ララさんが協力してくれない事には出られないのは確かだ。
私たちはひとまず魔力核の前に座ってララさんが戻ってきてくれるのを待つことにした。
「それにしても、魔法が使えない僕の魔力核がこんなにも大きいとは思わなかったよ」
「ディオン様は未来を見る力があるから大きいんだと思います。 水色の目を持つ人の魔力核は魔法が使える使えない関係なく、魔力量がすごくて大きいって言ってました」
「という事は、ティルダの魔力核も大きいのかい?」
「そうみたいです。 バイエノールがそう言ってました」
「バイエノールさん?」
「フカルクに住む精霊女王です」
「精霊女王?! 伝説の人物じゃなかったのか?!」
「伝説?」
「城で保管している古書に書いてあるんだ。 精霊女王は全ての精霊達を統べるお方で、とても美しい姿をしていると読んだことがある。 ただ彼女を怒らせると天変地異が起きるっていう言い伝えもあってね。 フカルクとランタッベルの国境もそうやって出来たんだと言われているんだよ」
「あの山みたいなのが?!」
「うん。 それからこの大陸は魔力を与えた創造神を信仰する国、精霊を信仰する国とに分かれたんだ。 だからフカルクでは魔法を使わない人種が多く集まるんだよ」
「そうなんですか……」
「一応魔法が使える種族もいるんだよ。 ドワーフといって彼らは精霊女王の眷属とも呼ばれてる。 だから君がドワーフなら精霊女王とつながりがあっても納得いくんだけど、ティルダは普通の人間なんだよね?」
そういってディオン様は水色の目で私を射抜くようにジッと見つめる。
ディオン様の目の色は淡い水色。
髪や耳の色もどちらかというと銀色に近い。
高貴なオーラがにじみ出てるディオン様にウソなんか言えないよ。
「……人間ですけど、バイエノールさんは私を『精霊の愛し仔だ』って呼んでました。 だから精霊さんも見えるんです」
「それで僕の意識の中にも入ってこれたのか。 でもまさか敵国の姫君が『精霊の愛し仔』とはね……」
そういってディオン様は自分の魔力核にもたれてうーんとつぶやいて空をあおいだ。
「ディオン様……?」
「ティルダは、僕が目を覚ました後はどうするつもりだい?」
「……こっそりランタッベルに帰るつもりです。 本当はイヤだけど、カイを守るにはそうしなきゃダメだから……」
「カイを守るため? どういう事だい?」
「カイはディオン様を助けるために、私をランタッベルから連れてきたんです」
「カイが?!」
ディオン様は銀色の三角耳をピンと立てて水色の目を大きくした。
さすがに私でもびっくりしてるのがわかった。
「カイはいつも必死でした。 そして『フカルクにはディオ兄もシェム兄も必要なんだ』って、助けるためなら命だって賭けてやるって……」
「カイが……僕達を……」
「はい。 ……ディオン様、どうしたんですか?」
それは嬉しいのか、悲しいのか。
ディオン様は顔をクシャッとさせて手で口元を覆った。
「僕の為にカイが……。 しかもまたそんなふうに呼んでくれてるのか……」
もしかしたら、ディオン様もシェムエール様と同じで、カイが昔に戻ったみたいでうれしいのかな。
名前を呼んでもらえるって幸せなこと。
私も早くカイに会いたいな。
「あっ!」
薄暗い空にキラリと小さく星が光った。
ちがう、あれはアルティカの精霊さんだ!
「ララさん!!」
流れ星のように私たちの目の前に下りてきたララさんは、まるで初めて会ったかのように首をかしげた。
『ララ? ダレのことをいってるの?』
「僕だ、ディオンだよ。 忘れたのかい?」
『……ダレと勘違いしてるのかしらないけど、私はアルティカの精霊ってだけで名前なんてないわよ。 それよりも悪いところは治したから早く出たいんだけど、どこ探しても出口が見つからなくて困ってたのよ』
精霊さんは私の肩に止まってため息をついた。




