葛藤
「こっちの方が明るいからティルダもおいでよ」
そういってディオン様はやさしく私の手を引いて案内してくれた。
ゆっくり歩いていると、薄暗かった世界に少しずつ丸い明かりが浮かび上がってくる。
それにはムクムクの時と同じようにいろんな景色がうつってて、その一つに今よりももっと幼いカイとシェムエール様が笑っていた。
「恥ずかしいからあんまり見ないでね」
「は、はい!」
となりを歩くディオン様は指で頬をかきながらはにかんだ。
そうだ、これはディオン様の記憶。
本人の前でジロジロみたら失礼だよね。
私は淡く光っている足元を見ながらあるき続けた。
「ねぇ、ティルダは普通の人間だよね。 もしかしてランタッベルから来たの?」
ディオン様の直球な質問に、私の心臓はドッキーン!とはねあがった。
「え、あの、その……」
どうしよう、どこまで話していいんだろう。
今ここで『そのとおりです』って言ったら怒ってここから追い出されちゃうかな。
それとも危険人物と思われて閉じ込められちゃうとか?
うまく言葉が見つからなくてウンウンうなってたら、ディオン様がクスクス笑い出した。
「ティルダはウソがつけないんだね。 可愛いな」
何にも言ってないのにバレてる!
しかもか、かわいい?!
そんなのお母さま以外の人に言われた事がないから、はずかしくて体がゆで上がりそうだ。
「そんなに縮こまらないで? 別に君を責めようとかいうわけじゃないんだ。 ただ敵国の女の子がどうして僕の中にいるのか、理由が聞きたくてね」
じゃあ今ニコニコ顔で手をつないでるのは優しさじゃなくて悪さしないよう捕まえてるってこと?!
何だかちょっとこわくなってきた。
ここは正直に話した方がいいのかもしれない。
「ディオン様、わたし……」
『ちょっとー! ディオンに触らないでー!!』
「え? イタッ!!」
話をしようとしたら、正面から光の筋が一直線にこっちへ向かってきていた。
まさか流れ星?
なんて思ってたら、それは私のおでこに勢いよくぶつかり、私はその反動で後ろへバタンと倒れ込んだ。
「ティルダ、大丈夫かい?! ララ、気をつけなきゃ駄目じゃないか!」
『フン!』
「ララ……?」
さっきのお星さまには名前があるの?
思いっきりぶつけた後頭部をさすりながら起き上がると、心配そうに目尻を下げるディオン様とそのとなりで黄金色のドレスを着た精霊さんが、大きな緑の目を吊り上げて私を見下ろしていた。
「アルティカの精霊さん……?」
ムクムクの魔力核にいた精霊さんは鎖につながれて記憶喪失になってたのに、目の前にいる精霊さんは自由に動けてるし元気そう。
どういうこと?
まさかディオン様が起きれない理由は薬の副作用じゃないって事?
「ティルダは精霊を見た事があるの?」
「え?」
「さっきララを見て『アルティカの精霊だ』って言ったよね。 フカルクでも精霊が見える人はほんの僅かだって言われてるのに、君はララの正体を言い当てた。 一体何者なんだい?」
う、ディオン様の視線がいたい。
これはもうハッキリ言わなきゃ先にも進めない気がする。
私はドレスの裾を持ち、一歩足を引いて頭を下げた。
「ランタッベル王国第二王女ティルダ・ランタッベルと申します。 ディオン様が眠ったままと聞いて起こしに参りました」
「ランタッベルの王女?! でもランタッベルは王子と王女の二人の筈……」
「その話は後にしましょう! とにかく今はディオン様の体を起こさないと、皆が心配しています。 お願いですからディオン様の魔力核があるところまで連れて行ってくれませんか?」
「ちょっと待って。 それは一体誰からの情報だ? 僕が眠ったままなんて話は口外していないんじゃないのか?」
「カイ・アウス=フカルク。 フカルク帝国第三王子がランタッベルまで来て私を連れてきたんです!」
「カイが?!」
私は首をタテに何度もふった。
するとディオン様は水色の目を大きくした後、顎に手を添えて黙ってしまった。
するとララさんが心配そうな顔でディオン様の右肩に乗った。
『ディオン……』
「ランタッベルの王女、そして水色の瞳。 しかもカイの名前まで出されたら偶然ではなさそうだね」
『そんな! もしかしてディオン、帰るつもりなの?!』
「そうだね……」
ディオン様は泣いてるララさんを宥めるように指でやさしく頭を撫でた。
「精霊さん、ララっていうんですね。 お二人はいつから仲良しなんですか?」
「僕がここにきてからだよ。 鎖が絡まった大きな赤い石の前でララが泣いてたんだ。 最初は自分の事も思い出せなかったんだけど、一緒に話している内にこの通り元気を取り戻したみたいなんだ」
そっか、ディオン様と話してたから自分の事を思い出せたんだ。
という事はディオン様が眠ったままで起きないのはやっぱり薬の副作用が原因なんだろうな。
でも鎖は?
「ララ、ティルダは怖い人間じゃないよ。 だからそんなに警戒しないで?」
『そんな事ない! やさしい顔してディオンを連れてっちゃうつもりなんでしょ? そんなの絶対イヤ!』
そういってララさんはディオン様の後ろに隠れてしまう。
私とディオン様は顔を見合わせた。
「ねぇ、僕は眠ってどれぐらい経ってる?」
「もう一ヶ月は経ってるって聞きました」
「一ヶ月も?! ……それはさすがにまずいな」
『ダメよ! もっとディオンと一緒にいたいわ!』
「でも僕はやらなきゃいけない事もあるし、これ以上心配かけるわけにはいかないよ」
『何で?! 「帰りたくない」って言ってたじゃない!』
帰りたくない?
まさかの言葉にディオン様を見たら、ディオン様はバツの悪そうな顔で頬をかいた。
「ディオン様……」
「カッコ悪いところを見せちゃったね。 実は、数カ月前に未来が見えるようになったんだ。 それが幸せな未来だったらいいんだけど、やっぱり悪い事も多くてね。 未来が見える度にそれがいつ起こるのか不安で、でも誰にも相談出来なくてね……」
「それで……」
「でもあの時は本当に風邪だと思ってから、少し休めば何とかなるかと思ってたんだけど、まさかそれからずっと眠ってるってことかな?」
私が小さくうなずくと、ディオン様は苦笑いを浮かべた。
「ララ、ごめんね。 やっぱりそろそろ戻るよ」
ディオン様は大切なものに触れるかのようにララさんに手をのばした。
大人しく撫でられていたララさんだったけど、パッとその手を振り払って今度は私の前に飛んできた。
『アナタのせいよ! アナタが来なきゃディオンはずっと私といてくれたのに……。 バカ、バカ!』
「待って! ララ!!」
ポカポカッと私を何度か叩いた後、ララさんは泣きながら空に向かって飛んでいってしまった。
そしてそのままキレイな金色の光は、流れ星のように空にとけてきえてしまった。
「行っちゃいましたね……」
「ごめんね。 大丈夫かい?」
「はい。 でもこれじゃ帰れそうにないですね」
「そうなの?」
「はい。 さっきディオン様は『鎖が絡まった大きな石』っておっしゃいましたよね。 それにアルティカの精霊さんがいたってことは、ディオン様は薬の副作用で眠ったままになったと思うんです」
「薬の副作用……?」
「ディオン様が飲んだのは多分ランタッベルで作られた薬です。 その副作用を治すにはアルティカの精霊さんがあの鎖を解かなきゃ治らないんです」
「そっか……。 それでララがあそこにいたんだね」
ディオン様はフッと顔を上げてララさんが消えた空を見つめる。
そして『ララ、ごめんね』と小さく呟いた。




