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Hast-all  作者: 蒼麒
3/6

1-2 <未知>

エマの言葉を、昂一は即座に信じることができなかった。

だって…事前にエマから教えられていた、ハスタルの特徴と、あまりにもかけ離れている。

というか、一つも当てはまっていない。


未知の生命体?

実体は持たない?

人間の死体に憑依?


だってこの子は、

どう見ても人間の女の子で、

お姫様抱っこしてるから実体あるし、

ハスタルだというのに、人間に憑依してない?


実際昂一は、他のハスタルに憑かれた人間に出会ったことは無い。

だから、ハスタルに憑かれた人間が、こんな風に見えるのか?


『バカめ。物分かりの悪い奴だ。つまり、』

それは、唐突に。

唐突に、昂一の目の前に、夜空のような、濃紺の体毛を持つ、美しい狼が現れた。

体高は、人間の1.5倍ほど。

背には、体毛と同じ闇色の、1対の翼。


それこそ、エマという名を持つ、ハスタルそのものであった。

4ヵ月前、崖から転落して――否、落とされて。

たった一つの命を失った時に現れた、美しき、恐ろしき、獣であった。


『今のオレの状態と』

エマは、一抱えほどありそうな前肢で、昂一の腕の中の少女を指し示す。

少女は、きょとんとした表情で、自分の何倍も大きなエマを見上げている。

『その女――に見えるハスタルが、同じだと言っているんだ』

「……」

昂一は、言葉を失った。

どう控え目に見ても、それは、無い。

『分かったら、さっさとそいつをここに置いてずらかるぞ。ここにいつまでも居る訳にも』

「分からないじゃないか」

突然言い放った昂一に、エマは、何がだ、と言いたげに片方の目を眇める。

「こいつはハスタルじゃないのかもしれない。だって、あまりにも…」

昂一は、エマの金色の瞳を見据えた。

「あまりにも、お前と違いすぎる」

『あのなぁ……』

エマは、心底呆れた様子だった。

『ただでさえ、ハスタルってのは個体差が大きい。オレと同じ姿をしてる奴なんて、他には居ないだろう。だから、人型のハスタルが居ても不思議じゃねぇし、』

鼻面を、昂一にずい、と突きつける。

『ハスタルはハスタルの存在を感知できる。何でかは分かるだろ?』


そう、もう一つ、エマから教えてもらった知識が、昂一の中には、あった。


ハスタルの餌は、ハスタル。


体を動かすための器が車体、人間の魂がエンジンオイルだとしたら――

ガソリンになるのは、他のハスタルなのである。


だから、ハスタルは、お互いに存在を認知できる。


実際、少女も、エマの姿を認識しているし、ただの少女という訳でも無いのだろう。


「いや、でも、この子……このハスタルに、敵意はないみたいだけど」

『お前、お人好しにもほどがあるぞ。脳味噌腐ってんじゃないか?そいつに魂喰われるぞ』

「油断させて俺を狙ってるのか?わざわざ他のハスタルが憑いてる俺を?お前は宿主の体を他のハスタルに横取りされるほど弱いのか?」

『手前……殺すぞ』

昂一の挑発めいた物言いに、エマが喉をグルグルと鳴らす。狼の姿になると、声も狼っぽくなるんだな。

『何でそいつの肩を持つ?オレにはそっちの方が不可解だ。関わることによって得られるメリットは、少なくともお前には無い』

「そりゃ、そうだけど」

でも。


もし、あの時、昂一が助けていなかったら。

この、実体があって、人間の少女と寸分変わらぬ姿をしたハスタルは、どうなっていた?


ハスタルだから、怪我はしなかったかもしれない。

だが、あのままであれば、色んな意味で只事では済まなかったことは、火を見るより明らかだ。


別に、守りたいとか、そんな大層なもんじゃない。


ただ……何か、放っておくことができない。

それが、この少女に対する、正直な感想であった。


「何でって言われたら、まあ…」

昂一は、思い出す。

何故、自分はこの少女を、あの現場から連れ出したのか。

何故、これほどまでに、執着するのか。

「それは――」

線路に立ち尽くす少女は、

あまりにも無垢で、あまりにも無知で。

生まれたての雛のように、あまりにも……真っ白、だったから?

(いや、それは感想であって理由じゃない)

昂一は、心によぎった思いを否定する。


そして出した結論は、

「それが…俺にできること、だから…かも」

だった。


あんたは、あんたの出来ることをやればいいの。

身に余ることは、やらなくていいから。

でも、できることを、出来ない振りするのは…駄目。


空手道場に通っていた頃、よく、楓が口にした言葉だ。


自分に、できること。

少なくとも、あの状況で彼女を助けることができたのは、自分だけだったと思う。

思い上がった考えかもしれない。浅はかかもしれない。

けれど、この少女のためなら、この自分にも、できることがあるのではないか。

直感的に、そう思った。


『……そういうのを、お前ら人間は、幼女誘拐って言うんじゃねぇか?』

……。

それを言われたら、元も子もない。ぐうの音も出ない。

「でもまあ、この子、ハスタルなんだろ?」

『さっきからそう言っている』エマが、鼻を鳴らす。

『で、お前は今からこいつをどうするつもりでいるんだ?』

「……とりあえず、話を聞きたい」

昂一は、静かに言う。


果たして、出会ってからひと言も言葉を発しないこの少女と、会話が成り立つのかどうかは妖しかったが、それでも、彼は、知りたかった。

彼女が、何者で。

何故あそこにいて、

何をしようとしていたのか。


「……だから、詰まるところ一人暮らしである俺の家に連れていく。これは断じて幼女誘拐じゃない。だってハスタルだし。エマがそう言ってるし。だから誘拐じゃない」

昂一は、言葉を続ける。自分に言い聞かせるように。ぶつぶつと。



その様子を見ていたエマは、しばらく黙っていたが、ややあって、

『ハ。ハハ、ハハハハハ!』

大声で笑い出した。そんなに面白かったか?

体がでかい分、その声は、地響きのように地面を震わせた。

『お前は、本当に面白れぇな。それは、つまり――』

まだ笑いが治まらないのか、息も絶え絶えといった様子で、さも面白そうに話す。

『オレに餌を提供するということか?』

「餌……だと?」

餌?

食糧?

只の……栄養源?食欲を満たすモノ?

『無抵抗のハスタルが目の前にいて、喰わないバカがどこにいる。それに、そろそろ――』

にやりと、口角を上げる。

上顎と下顎の間からは、鋭い牙が覗いた。

『腹が、減った』


ハスタルは、一度ハスタルを喰らえば、半年ほどは餓死せずに済む。

しかし、それはあくまで死ぬことはない、ということであり、

2ヵ月ほど経てば小腹が空くし、4ヵ月ほどで空腹を感じる。


それに、ハスタルは絶対数が極端に少ない。

だから、貴重な“餌”を、みすみす見過ごすはずがないのだ。


『お前がそいつを連れ帰るのであれば、オレはそいつを喰う。オレが生きるためだ』

「……」


昂一は、考える。


このまま、この貪欲な同居人に、この少女を喰わせる訳にはいかない。

自分は、この少女に、教えなければならないことが、きっとある。

きっと、この少女から、教わるべきことが、ある。


少女は、これから喰われるかもしれないのに、自分の置かれている状況には無関心なようである。

ただ、昂一の腕の中で、為すがまま。


とりあえず時間を稼ぐために、昂一は、言葉を紡ぐ。


「お前……どんだけ食いしん坊だよ」

『……ふざけんな。人間の何分の一の食欲だと思ってんだ。これでもオレは我慢強い方だ』

「大体、お前ら、そんなにお互い喰い合ってたら、絶滅するんじゃないのか?」

『確かに昔よりは見つけにくくなったがな。だが、餓えるほどじゃねぇ。現にこうして、目の前に餌が居る』

いい加減餌から離れて欲しいところだが。


しかし、ふと、昂一の中に素朴な疑問が浮かぶ。

そして彼は、時間稼ぎではなく、単なる知的好奇心から、その疑問を口にした。


「……そういえばお前らって、どうやって増えるんだ?」

知っているようで知らなかったこと。

先程、エマは、餌には事欠かないと言っていた。

大昔から喰い合っており、もしその絶対数が増えないのであれば、半年に一度同族が見つかるほど、数が存在しないのでは?

つまり、ハスタルも生物だとするのなら…増えている?


「もしかして、ハスタル同士で交わる…とか?」

『……オレ達に性別は無い。人間と一緒にするな』

「けど…まだ絶滅する気配がないってことは、増えてる筈なんだよな」


そこまで言って、昂一の頭に、最悪な想像が浮かび、思わず鳥肌が立った。

まさか、もしかして…


ハスタルに憑かれた人間同士が交わる…とか?

それは嫌だ!断じて嫌だ!

大体、相手が異性とは限らないじゃないか!


頭を抱えて悶絶する昂一に、

『……』

エマは考え込んだように突然押し黙り、答えない。頼むから否定してくれ。

もう俺、死んでもいいかな。死のう。

『……お前はもう死んでる』

何その胸に北斗七星がある人みたいなセリフ。


一人で勝手な想像をして悶える昂一を視界の隅に捕えながら、

『……そうか。なるほど、そういうこと、か』

一人、納得したように少女を見下ろす、エマ。

少女は、自分を抱えたまま唸っている少年と、自分を見下ろしているハスタルを、交互に見遣る。

そしてエマは、なおもヘッドシェイクしながらうんうんと呻く昂一に、低い声で、こう告げた。

『おい昂一。さっきの答え、教えてやろうか』

「ううう……あ。え?」

『ハスタルが、どうやって増えるか、だ』


さっきまで押し黙っていたエマが、なぜ今更?

その様子に、昂一は戸惑いを覚える。

『とりあえず、そいつを連れ帰る。話は、帰ってからだ』

「……喰うのか?」

自然と、少女を抱く昂一の手に、力が入った。


『喰わない』

……は?何で?

さっきまであれほど少女を餌だ、餌だと言っていたエマが、彼女を、喰わない?

何故、急に意見を180°翻した?

そもそも、何でこういう話の流れになったんだっけ。

エマの意見が変わったのは、確か……その、ハスタルの生殖の話をしていた辺りだった。


……ま。まさか……

エマが、この少女を、然るべき“相手”として見なしたのか!?


またも自らの妄想に悩まされる昂一の思考を知ってか知らずか、エマは一つ大きなため息をつくと、

『とりあえず、足。治せ』

とだけ言い残し、霧のように消えてしまった。

あるべき場所に――昂一の体の中に、戻ったのだ。


一瞬巻き起こった風で、少女の赤みがかった長髪がふわりと浮いて、

元あった場所に、ぱさりと落ちた。


言われて初めて気がついた。

昂一がエマに指摘された、電車の直撃を受けた右足首は、妙な方向に捻じれている。

(痛覚がないってのも、不便なもんだ)

そういえば以前、前川の授業丸々1時間を睡眠時間に充てたがために、楓に裏拳を喰らい、口の中が切れていることに気付かないまま昼食を摂って大変な目にあったことがある。

学食の中華スープが、ミネストローネに早変わり。3分クッキングでもこんなことできない。

あの時ほど、何で痛覚は無いのに味覚だけが残っているんだ!と思ったことはない。


「悪い、ちょっと待ってて」

そう言って、今まで大人しく腕の中で納まっていた小柄な少女を、地面に立たせる。

少女は相変わらずうんともすんとも言わなかったが、黙って傍らに立っている様子を見ると、一応は了承してくれたようだ。言葉は通じるのか。

「ん、どうなってんだ、こりゃ」

とりあえず、準備体操で足首を回すように、グリグリと地面に爪先を押しつける。

が、そんなことで治るなら、苦労はしない。脱臼しているようだ。

よくダッシュができたもんだ。というか、痛みが無いにしても、普通にできない。

よほど必死だったのか。

『貸せ』

体内に戻ったばかりのエマが、低い声でそう言うと、次の瞬間には、昂一は体の自由を奪われていた。


強制的に、貸し出された、昂一の体。


魂を喰らって人間の体に共存するハスタルは、宿主である人間の体を操ることができる。


エマは進んでこの強行策を使うことはほとんど無かったが、今までに数回経験しており、

やはり今回も、想像した通り、あまり気持ちのいいものでは無かった。


昂一の体を借りたエマは、地面に座り込み、力ずくで足首を捻り戻そうとする。

『まあ、こうしとけば元に戻るだろ』

「あ……ちょっと、え、エマ……そこは、物理的にそんなに曲げたら、やばいって、うわ!」

ボキッ、という、何とも後味の悪い音を立てて、足首は、元あるべき場所にすっぽりと戻った。


……やっぱり、痛覚無い方がいい。


それから10秒も経たないうちに、電車に撥ねられた体は全快したようだ。元より、肺のダメージはすぐに回復していたので、足首さえ戻れば全快という訳だ。


(……楓には、知られたくないな。やっぱ)

ふと、幼馴染の顔が思い浮かぶ。

彼女は、昂一が既に死んでいると知ったら、一体どんな顔をするのだろうか?


きっと、彼女は、今まで昂一が見てきた中で、一番哀しそうな顔をするのだろう。

だったら、嘘を吐くほうが、ずっとマシだ。


こんな、現実ではありえない体になっていることを悟られないように。

人前では、目立たないよう。怪我をすることのないよう。

そうやって、仮初の“生”を生き抜くしか無いのだろう。


「ゴメンな。待たせた」

そういって少女の手を取ると、

やっぱり少女は何も言わず、ただ、昂一の後について、てくてくと歩き出すのだった。

一話の長さ、もっと短い方がいいんでしょうか……。

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