#18祝祭は深淵へ
店を出た瞬間、潮風が一行の頬を撫でた。昼下がりの光は傾き始め、港の向こうでは巨大な白い船体が陽を反射している。
「で、でけえ……!」
見上げるケンの口から思わず漏れる声。隣で同じように見上げるルリも感嘆の声を上げる。
「これは……まるで海に浮かぶマンションですね……!」
「こりゃ客室は私の部屋よりデカそうだな……」
青くなるリノエ。その時、タカハシがチケットを手に客船から降りてきた。
「遅くなってすまない。なんとか君たちの部屋を手配してもらったよ」
「コイツはかなりかかるな……いくらだ?」
恐る恐るうかがうリノエに、タカハシは首を横に振る。
「全て私が話をつけてあるから、君たちが気にする事ではない」
「だがな――」
「いいんだ。我々は、もう“共同体”なのだろう? であればそれぞれのできる形で助け合うのが正しいのではないのかね?」
ぐうの音も出せないほどの正論にリノエは降参し、ケン達一行を代表して礼を述べた。
「ありがとうございます、教授。そうだな、ここから私らの一歩が踏み出されるんだ……!」
「長い旅になる。だが――ここからが本番だよ、君たち」
乗り場へ向かう足取りは、誰一人として迷っていなかった。
「乗船チケットを拝見します」
埠頭に横付けされた巨体へと続くタラップで、ケン達一行はスタッフにチケットを手渡す。
「それでは、こちらの乗船証を見えるところに着けておいてください。あと、船内での飲食等行う際は提示していただく必要がありますので、決して紛失なさらぬようお願い致します」
ケンは胸元に乗船証を着けると、長い階段を登っていく。徐々に小さくなっていく波止場を横目に、初めての乗船に胸を弾ませていた。
「ようこそ、スペンサーレイン号へ!」
階段を登った先、ちょっとしたエントランスホールになっている広場でスタッフが丁寧にお辞儀をする。彼は手にした端末でケンの乗船証をスキャンすると、背後の巨大なガラスのドアがゆっくりと開いてゆく。内部からは人々の声、音楽、そして独特な空気が流れ出てきた。
「まずは部屋に荷物を置いてくるとしようか。客室区画は……ここだな」
タカハシは案内図を指さす。それを見て、リョウは素っ頓狂な声を上げた。
「こっ、ここって……スイートルームやん! マ、マジかオッサン!?」
「急だったから、相部屋で三つ“しか”取れなかったがね。女性の二人、サエキ君とナンブ君、そしてすまないがスズハラ君は私と相部屋になってもらうよ」
誰もタカハシに異を唱える者などいなかった。ケンとしても、マリについて聞きたいことがあったため、タカハシとの相部屋は願ってもないことだった。
客室区画へ向かう道中、すれ違う人々は皆リラックスしたような穏やかな表情をしていた。これまでの経験から、ケンはあまり余裕のある人間を見ていなかったため、彼の目には新鮮に映った。
「ええ匂いやなあ……。なんつーか、こう、ホテルとかの内装ってなんか独特な匂いあらへん?」
「豪華なとこに泊ったことないからわからないや」
「私もです……」
豪華な内装に興味津々なケンとルリ。リョウは溜息交じりにエイを見る。
「……俺だって無い」
「はー、ホンマかいな。リノエさんはあるやろ?」
「まあ、言いたいことは分かる」
「流石、大人の女性は違うなあ!」
一行は軽い足取りで廊下を進む。敷かれた絨毯のおかげで、足への負担はまったく感じられない。ケンは右手の窓から小さく見えるラヴィアン・ローズの港を眺めた。カモメ亭はどの辺りだろうと考えていると、前方からやって来た人物がタカハシに声をかけた。
「やっぱり、オッサンも来てたのか」
「やあキース君。君のことだ、絶対に来ると思っていたよ」
キースと呼ばれた男性は頭にバンダナを巻き、サングラスをかけ、ジャケットを羽織っている。明らかにほかの乗客とは異なる風貌の彼をケンは不思議そうに眺める。
「ん? この人たちは? アンタのツレか?」
「まあそんなところだ」
言葉を濁すタカハシは、『それより』とごく自然な流れで話題を変えた。
「今日の大会に備え、準備は怠っていないだろうな?」
鋭い眼光のタカハシに、キースは不敵に笑う。
「当たり前だ。カードプロフェッサーランク1位のアンタをどうやってブッ倒そうか、そればかり考えてきたぜ!」
その言葉にタカハシは満足げに微笑む。
「それは楽しみだ。確か16時からだったかな?」
「ああそうだ。メインホール。確か今回はI・I社が最新のデュエル・ヴィジョン装置の披露も兼ねてるみたいだぜ」
会話に花が咲く二人。手持ちぶさたなケン達の中で、リョウだけが違った。
「あ……ああ! 嘘やろ!? カードプロフェッサーランク36位のキースさんや……!!」
「おっ、俺のファンか? 嬉しいねえ」
リョウは震える手で鞄からカードを取り出すと、ペンと共にキースに差し出した。
「マシーンモンスター使いのキースさん、俺アンタのファンや……! サイン、ください!」
キースは慣れた手つきでリョウのカードにペンを走らせる。
「ほらよ。この後大会あるから、良かったら見に来てくれ」
後ろ手に手を振り去っていくキース。リョウは感動した面持ちでそれを見送っていた。
「タカハシさん、今の人知り合いですか?」
「まあ、ライバルのような関係……だな」
感慨深げに答えるタカハシ。リノエは不思議そうに言う。
「でもタカハシさん、アンタは1位でアイツは36位なんだろ? ずいぶん差があるように思えるが……」
「何言うとんねんリノエさん! プレイヤー数ウン万人おるんやで? そん中の上位も上位なんや! 数字に違いはあれど、ちょっとの勝ち負けで変動するもんなんやで?」
「あ、そう……」
やや引き気味のリノエ。ケンはそんな様子に苦笑しつつも、ふと気が付く。
「タカハシさんM&Wやっているんですか?」
「嗜む程度だがね」
「マリさんもやってたんですよ」
「ああ、存じているよ。彼女には一度も勝てなかったがね」
ケンはその言葉に衝撃を受ける。
「タカハシさん、マリさんとM&Wで対戦したことあるんですか!?」
「彼女は私の最大のライバル……全プレイヤー中最高位のデュエルクイーンだったんだよ」
マリの強さ、その裏付けが取れたと同時に、妙な納得感にケンは頷く。
「だからあんな強かったのかあ……ところで、デュエルクイーンやカードプロフェッサーって何ですか?」
「I・I社が主催のプロ制度さ。ツアーなども開催されて、勝者には賞金が出るんだ。さっきの彼のように賞金で生活をする者もいるぐらいさ」
ケンは合点がいく。彼女が遺した莫大な資金も、全てM&Wで稼いだものなのだろう。
不意にリノエの咳払いが聞こえた。
「あー、そろそろ部屋に入りたいんだが、いいか?」
「む、すまない。立ち話が過ぎたな」
タカハシの新たな一面を垣間見ることができ、それにどこかほっとするケンだった。
一行は廊下を進み、階段を登る。次第に船首側へと向かっていた。すれ違う人もまばらになり、スイートルームらしい限られた人間向けの空気が漂ってきた。
「部屋の扉は、乗船証を読み込ませると開く。夕食は18時だからそれまでは各々自由時間としよう」
それぞれの部屋に入っていく一行。ケンもタカハシの後に続き、緊張した面持ちで入室する。
「……うわあ、すごい!」
広々とした空間に、豪勢な家具。大きな窓からはベランダに出ることができるようで、茜色の夕日が差し込んでいた。
「気に入ってもらえたようで何よりだ」
はしゃぐケンを目を細めながら眺めるタカハシ。ケンは我に返って赤面する。
「……すみません」
「謝ることではないよ。むしろ警戒されていないと分かって安心したよ」
ケンはリュックを下ろすと、椅子に腰かける。マリの過去を知る人物に会えたと言うのに、いざ対面すると何を聞けばいいのか分からなくなってしまった。
「――彼女は、真っすぐな人間だったよ」
タカハシは静かに語り出す。
「出会いのきっかけを、聞いてもいいですか?」
「ああ。忘れもしないさ。帝都大学に飛び級で入ってくる秀才の事はね。彼女は勉学に対して真摯で、どんどん学んでいったよ」
懐かしむように遠い目をするタカハシ。ケンは黙って聞いていた。
「ある日私は彼女に聞いたよ。どうして医学を学ぶのか、とね。そうしたら彼女は、一片の曇りもない瞳で、『それが人の助けになるから』と言ったよ」
「人の、助け……」
マリの教えからも、ケンはそれを感じ取っていた。
「あれほど高潔な考えを持って勉学に励む者はいなかったな」
「だとしたら、そんなマリさんがどうして……どうして人命を無視する研究所なんかに……?」
タカハシは目を伏せる。
「……あれは何回目のM&Wのプロツアーの後だったかな……。いつものように決勝で彼女に敗れた後、彼女からクイーンを降りると聞いたんだ」
何故急にM&Wの事を? ケンは不思議に思ったが口を挟まなかった。
「卒業も間もないころ、彼女は『素晴らしい勤め先が見つかった』と言っていた。新規にできた療養所……人類の苦痛からの解放を謳っていたらしい」
タカハシの表情に悔恨の色が浮かぶ。
「思えばその時、引き留めておくべきだったんだ……」
「そうだったんですね……」
ケンは立ち上がると窓辺に向かう。ゆっくりと窓を開くと、潮風が彼の頬を撫でた。
「でも、マリさんはきっと後悔していません。俺たちに託したんだから……俺たちが継ぐのが、きっとその証明になるはずです!」
真剣な表情で振り向くケン。タカハシも静かに頷く。
開け放たれた窓から、海鳥の鳴き声が聞こえてきた。
「……ところでタカハシさん、マリさんがM&Wをやっていたのなら、これに見覚えありますか?」
ケンはリュックからセキュリティーボックスを取り出す。察した表情のタカハシの前で、カードの束を取り出した。
「これは……ああ……忘れもしない、彼女のデッキだ……私が一度も勝てなかった……」
どこか懐かしむような表情で一枚一枚カードを見ていくタカハシ。彼は途中で手を止めた。
「マリさんがクイーンを降りたのなら、今は誰がトッププレイヤーをやっているんですか?」
「誰も。今頂点のカードキング、クイーンは空席なのだよ」
予想外の返答に戸惑うケン。
「どうしてです? 誰もが狙っているのでしょう?」
「ああそうだ。誰もが狙っているからこそ、彼女の存在は大きく、また消失も大きかった」
「それは……どういう意味ですか?」
「ああすまない、感傷的になってしまったね。……絶対的な強さを誇った彼女の後釜につくなど、恐れ多くて誰もできなかったのだよ」
「プロフェッサーランク1位のタカハシさんも、ですか?」
タカハシは力なく笑う。
「ああ。彼女のいない環境で手に入れた頂点に、一体どれほどの価値があるだろうか? 全てのプレイヤーがおそらくそう思っているだろう」
M&Wにおけるマリの存在は、そこまで大きなものだったのかとケンは感慨に耽った。
「頂点という栄光は掴みたい、しかし同時に、越えるべき“壁”を越えずに手にするべきではない……魂を込め打ち込む者が直面する究極のジレンマ……。彼女は途方もない置き土産を残していったのさ」
ケンは彼の心の内に湧き上がる気持ちを抑えられなかった。
「タカハシさん、今日の大会って、俺出場できますか?」
その言葉にタカハシは驚いたように顔を上げる。
「まさか、そのデッキで……?」
「はい。どこまでやれるか分かりませんが、結果はどうであれまた皆が頂点を目指す様になれたらいいなあって……」
「……君には荷が重いのでは?」
もっともな言葉。ケンは重々理解していた。
「でも、あの人のいない後それができるのは俺なんじゃあないかなって……。出過ぎた真似でしょうか……?」
タカハシはしばらく目を閉じ何か考えている様子だったが、やがて目を開く。
「一般参加となると、この後15時からの予選に出る必要がある。すぐに向かおう」
「……はい!」
二人は各々のデッキを手に部屋を後にした。
廊下に出た二人は、エイとリョウに出くわした。
「ん? エイとリョウ、どうしたの?」
「ああケンか。リョウのヤツが――」
「止めんでくれや。俺M&Wの大会、その一般参加資格狙って予選に出るで!」
いきり立つリョウ。ケンもなんだか嬉しくなった。
「止めるもんか。リョウ、一緒に頑張ろうぜ!」
励ますケンに、リョウの顔は青ざめた。
「は……? ケン、お前も出んの?」
「当たり前だろ!」
「二人とも、少し急いだほうがいい」
懐中時計を手に、タカハシは急かす。
廊下の喧騒が気になったのか、ルリがひょっこりと顔を覗かせた。
「みなさんどうしたのですか?」
ケンは事のいきさつを説明すると、ルリも部屋から出てきた。
「私も気になります! 一緒に行ってもいいですか?」
「いいけど、リノエさんは?」
「あの人、タダだからってさっそくルームサービス使ってお酒飲んでます!」
彼女らしい、ケンは笑った。
「それじゃあ、行こうか!」
5人はメインホールへ向かい足並みを揃えた。
「ところでリョウ、カードプロフェッサーについて知ってるならマリさんやタカハシさんのことも教えてくれたらよかったのに」
足早に廊下を進みつつ、ケンはリョウに言った。
「ん? それは知らんかったわ。驚きやな。でも俺キースさんのファンなだけやし、他のプレイヤーの事はよう知らん!」
「は、ハハ……」
なんともリョウらしいとケンは苦笑する。その時、彼の視界の端に一人の少女が映りこんだ。青いショートヘアーの髪に、なんとも形容しがたいデザインのぬいぐるみを抱いている。一人で立ちすくみ、じっとこちらを見ている。その瞬間、ケンの背筋をひやりとしたものが走った。周囲のざわめきがまるで遠くへ押しやられたように感じた。
「うん……?」
「どうした?」
思わず足を止めるケンに、エイが気づいて戻ってくる。
「いやあそこに……あれ?」
エイに視線を奪われた一瞬のうちに、少女の姿は消え去っていた。まるで最初から存在しなかったかのように。
「ヤバそうなことか?」
「あ、いや……気のせいかな……? ごめん、時間ないし、行こう!」
胸の奥に小さな棘のような違和感を残しつつも、ケンはその気持ちを振り切るように足を速めた。
「うひゃー、混んどるなー」
メインホールは大勢の人々でごった返していた。
「君たちはまずエントリーする必要があるな」
タカハシが指さす先では、スタッフが対応に当たっていた。
「プレイヤーIDは持っているかね?」
「もちろんや! ……といっても、使うの初めてなんやけど」
リョウは黒いIDカードを取り出す。ケンは焦ってセキュリティーボックスを漁ると、リョウの持っている物より古ぼけているものの、同じものを見つける。
「これですね?」
タカハシは頷くと、人ごみをかき分けるように進みだす。
「えっ、あの人って……!」
「プロフェッサーランク1位のタカハシさん!?」
「マジかよ!? サインください!」
混迷を極める人ごみを必死でかき分け、ケンとリョウは受付にたどり着いた。
「まだ間に合いますか?」
「大丈夫ですよ。こちらに記入をお願いします」
ケンはほっとして必要事項を記入していく。彼の隣でリョウも受付を行っていた。
「IDカードお願いします」
スタッフは受け取ったIDを機械に読み取らせる。
「こちらIDナンバー0001343……スズハラ・マリ……えっ? ウソ!? ええっ!?」
スタッフの声に、人ごみはしんと水を打ったように静まり返った。
「どうしてこれをあなたが……?」
困惑するスタッフのもとに、他のスタッフが駆け寄ってくる。
「何があった?」
「……これ」
「おいマジかよ……これって、カードクイーンのじゃねえか!」
ざわざわと群衆に伝播していくざわめき。どう説明しようか……ケンが口を開きかけたとき、人ごみを抜けたタカハシがやってきた。
「彼は、カードクイーンの息子なんだ……。引退した彼女の後を継いだんだよ……」
タカハシは肩で息をし、髪は乱れていた。
「ええっ!? あの人息子さんいたんだ!」
「もう引退してからかなり経つもんなあ……」
「結婚してたのか……ショックだわ……」
聞こえてくるマリへの言葉にケンは不思議な感覚を覚える。
「あー、ええと、すみません。他人のIDの使用はできませんので、新しくあなたのものを発行しますね」
スタッフは未だ興奮冷めやらぬ様子で対応する。
「はい、これからはこちらを使用してください」
手渡された黒いIDカード。ケンは新たな一歩への踏み出しに武者震いした。
予選会場へと案内されるケン。そこには数十名のプレイヤーが待機している。ケンはふと疑問に思った。
「なんだか、会場にたくさん人がいる割に参加者は少ないですね」
「ああ、彼らは入場者プロモや、カードプロフェッサーに会うのが目的なんだよ。それと、今回の目玉、I・I社が開発したデュエル・ヴィジョン装置のお披露目もかな」
「そういうことなんですね……」
参加者に目を向けるケン。心なしか皆強敵に見えてくる。そんな彼に、スタッフは『ルールを説明していいかな?』と声をかけた。
「あっ、すみません。お願いします」
「ルールはノーリミット・ヴィンテージルール、使用できるカードに制限はないよ。あと、予選はシングルエリミネーション、つまり負けたらそこで終了。3勝した人が上がれるから頑張ってね」
ケンは緊張した面持ちで待機していると、ステージに設置された時計が15時を表示する。それまで会場に流れていた音楽が止み、照明が落とされた。
「レディース&ジェントルメーン! 本日のスペンサーレイン号杯、まずはその前座となる予選を開始していくぞお!」
スポットライトに照らされたMCに呼応するように、観客は盛り上がり会場が震えた。
「本日参加した挑戦者たちは21名! この中から本選へと進めるのはわずか4名!! この中から一体誰がカードプロフェッサー達がいる本選へと駒を進められるのか! 刮目!!」
プレイヤーたちはスタッフに卓まで案内される。ケンは緊張で強張ったまま椅子に着いた。彼の向かい、対戦相手は精悍な男性だった。
「さあて! オーディエンスの諸君にも退屈させないように、予選は一つの卓をこのモニターに映すぞお! 一回戦は、この卓だ!」
ケンの頭上からまぶしいスポットライトが降り注ぐ。
「……え?」
「電撃参戦! あのデュエルクイーンの息子お! その実力はホンモノか? それともハッタリかあ!? それではプレイヤーの諸君! 準備したまえ!!!」
ケンの頭は真っ白になる。震える手でデッキを取り出すと、机の上に……盛大にぶちまけてしまった。
「あっ、ああっ!」
急いでカードをかき集めるケン。会場に笑い声が響く。その場から逃げ出したくなる衝動に駆られるケンに、対戦相手の男は手を伸ばした。
「……え?」
呆けるケンに、男は笑顔で握手を求めた。
「僕はアスター。よろしくな。ホラ、対戦の前の握手」
恐る恐る応じるケンの手を、アスターは力強く握った。
「最初は誰だって緊張するものさ。でも、そのうち慣れるよ」
「よ、よろしくお願いしまひゅ」
二人は互いのデッキをカットし、所定の位置にセットする。
「準備は整ったようだな? それでは予選一回戦、スタートぉ!」
MCの声と、観客の歓声。最高の熱気に包まれた会場。そのはるか後ろでルリとエイはモニターを眺めていた。
「ケンのやつ、完全にアガってる……」
「大丈夫でしょうか……?」
「こればかりは、アイツ次第だな」
「ケンさん……」
ルリの心配をよそに、ケンの戦いは始まっていた。
「ドローします」
ケンはカードを一枚引き、自身の手札を眺める。心臓は痛いぐらいに拍動しているが、手札の見慣れたカードたちを眺めているうちに治まっていった。
(そうだ、自分の知っているこのデッキを動かすことに集中すればいいんだ。簡単じゃあないか!)
マリとの対戦でその身をもって経験した動き。ケンは今それを思い起こした。
「まずはアレキサンドライトの図書館をプレイします」
ケンは手札から一枚のカードを場に出す。すると、会場にどよめきが巻き起こった。向かいのアスターからも、『すごいな……』と感嘆の声が漏れ出ていた。
「な、なんとお! MCであるこの私ですらめったにお目に掛かれない超レアカード、アレキサンドライトの図書館だあ!!」
カードを使うたびにこれではたまったものではないな……ケンはそう思いつつも、試合を進めていった。
(……これなら、なんとかなるかな)
試合運びは徐々にケンの有利へと傾いていく。アスターのプレイングも決して悪いものではない。しかし、ケンに染み付いた“マリのプレイング”が遥かに上回っていたのだ。
「アタック終了後、俺は楽園鳥に連鎖生存を使い、緑樹の獣タルモスを場に出します。これで……ターンエンドです」
アスターにターンを返す。彼はドローしたカードを手札に加えると、しばらく長考するが、やがて首を横に振る。
「……ははっ、まいった。降参だ」
彼は自身のデッキの上に手を置き、サレンダー(降参)の意を示した。
「き、決まったぁー! これはもうデュエルクイーンの再来だあー! 彼女の遺志は今、この少年に受け継がれここに顕現したあー!!」
割れんばかりの喝采に、ケンの気分は高揚した。
「わ、見てください! ケンさん、勝ちましたよ!」
ルリは興奮した面持ちでぴょんぴょん飛び跳ねた。
「ああ、やったな」
エイも額の汗を拭い息を吐いた。
勝負がついた卓では、プレイヤー同士が健闘をたたえ合っていた。
「完敗だよ。まるでデュエルクイーンのような戦いっぷり、見事としか言いようがないよ」
「アスターさん、ゲーム開始前にあなたに声をかけてもらったおかげでちゃんと戦えました。ありがとうございます」
「僕としても全力の相手と勝負したいからね。あと二勝、負けるなよ!」
「はい!」
その後もケンの快進撃は止まらなかった。緊張はすっかり消え去り、“いつもどおり”のプレイングができる今彼に敵は無い――そんな勢いだった。
「予選終了!! 勝ち残った四名はこの後の本選に進出だあー!」
正面モニターに、四名の顔が表示される。ケンも、確かな手ごたえに拳を強く握りしめた。
「本選は予定通り16時から開始する! 今しばらく待っていてくれ!」
暑苦しいMCが壇上から消え、会場の照明の明度が上がる。ケンは辺りを見回しルリたちを探した。そんな彼の肩を、スタッフは叩いた。
「ちょっといいかな? これ、予選突破のプロモカード。おめでとう、本選も頑張ってね」
ケンは差し出されたカードを受け取る。……こうしてマリはデッキを強化していたのか。ケンは彼女のデッキに新たな“歴史”を加えた。
本選開始までの時間で、仲間と合流しようとしたケンのもとに、多くの人が集まって来た。
「予選突破おめでとう!」
「それってやっぱ彼女のデッキなのか?」
「見せてくれよ!」
慌てふためくケン、彼と人々の間にリョウが割って入った。
「はいそこまでや! 未来のチャンピオンは今お疲れなんや! 悪いが後にしてくれ」
リョウはケンの腕を掴むと、ずかずかと人ごみを押し分けていった。
「ケンさーん!」
「ケン」
ルリが手を振っている。エイは壁にもたれ立っていた。
「やりましたね! 予選突破、おめでとうございます!」
「うん、ありがとう!」
「最初はどうなるかと思ったがな」
「それは言わないで……」
思わず赤くなるケン。そのときふとリョウの戦績が気になった。本選出場メンバーに入っていなかったが――。
「リョウ、お前はどうだった――」
「聞かんといて」
「まさか一落ち――」
「聞かんといて」
肩を落とすリョウに、ケンはそれ以上かける言葉を思いつかなかった。
「スズハラ君、予選突破おめでとう」
タカハシが称賛の言葉と共にやってくる。ケンは身が引き締まる思いだった。
「タカハシさんも、本選に出場されるんですよね?」
「ああそうだ。君とはぜひ戦ってみたいものだね」
「のぞむところです!」
二人のプレイヤーの間で静かにくすぶる炎。そんな彼らをMCの豪快なアナウンスが次なるステージへと誘った。
「諸君、待たせたなーっ! これより、スペンサー・レイン号杯、その本選を開始する! 出場選手諸君は中央ステージまで集まってくれたまえ!」
「それでは、行くとしようか」
「はい……!」
タカハシの慣れた様子に、ケンは場数の違いを思い知らされる。
「ケンさん、私たち応援席から見てますね!」
「思いっきりやってこい」
「相手はカードプロフェッサーもおるんや、遠慮なんかせず全力でいったれ!」
仲間の応援を背に、ケンは照明に照らされるステージに向かった。
ステージの中央には、大型のテーブルが設置されている。一対の椅子が向かい合う様に置かれており、これがI・I社最新のデュエル・ヴィジョン装置なのだろう。
壇上に上がったケンは、そこから観客たちを見下ろす。予選で使われた卓はすべて撤去されており、代わりに椅子が一定間隔で並べられている。その最前列に、ルリ、エイ、リョウの姿があった。
「皆……」
手を振る彼らに、ケンは頷いてみせた。
「今ここに集う八名の精鋭たち! カードプロフェッサー四名に、予選を勝ちぬいた四名! 彼らの健闘を見届けようではないか!」
割れんばかりの歓声。ケンは、初めて経験する心地の良い緊張感に包まれていた。
「さて! 気になる第一回戦は……いきなり大波乱の予感だ! レッド・コーナーは……プロフェッサーランク36位、メタル・レイダーの異名持つ男、キース・アンダーソン!」
キースは右手を高々と振り上げる。観客からひときわ大きな歓声が上がる。
「対するブルー・コーナー……電撃参戦で予選を勝ち抜いた、謎多きプレイヤー! そのプレイングは、まるでかつてのデュエルクイーンを見ているようだ! ケン・スズハラ!」
いきなりの指名だったが、ケンの中にはもう戸惑いも緊張も存在していなかった。彼も力強く右手を突き上げる。割れんばかりの拍手に、心が震えた。
「今回の本選は、我がI・I社が開発した最新鋭のデュエル・ヴィジョン装置で行ってもらう! さあ両選手、持ち場についてくれたまえ!」
ケンとキースは握手を交わす。
「さっきの子か……。オッサンの知り合いに、こんなすげえのがいたなんてなあ……」
「よろしくお願いします」
「ああ、オーディエンスを沸かせる、最高のゲームにしようぜ!」
二人は向かい合い、椅子に座る。彼は慣れた手つきでデッキを取り出した。ケンもそれに倣う。
「最初に互いのデッキのカット&シャッフルを行う! 二人とも、自分のデッキを右側にあるレーンに載せてくれ!」
ケンは、デッキをテーブルの横側にある細長い溝に設置する。どうなるのだろうと眺めていると、それは小型のコンベアの要領でデッキをキースの元へと運んでいった。
「ああなるほど」
左手側のレーンに送られてきたキースのデッキを、ケンは手に取る。入念にカードのカットを行うと、ケンは再び送り返した。
「準備ができたようだな? それでは、デュエルモードスタンバイ!」
テーブルから駆動音が響き、電飾が輝く。卓上にはデュエル・フィールドが映し出された。
「先攻、後攻を決めるぞ! ダイス・ロール・オン!」
テーブルの上、赤と青の6面ダイスの立体映像が現れる。それは軽快に回り出し……やがて、青の面で停止した。
「先攻は、スズハラ選手だ! ゲーム開始ィ!!」
ケンは手札を眺める――悪くない。ゆっくりと息を吐くと、静かに動き出す。
「俺は、ブラッド・ロータスをプレイします。これを捨て札に送って、魔力エネルギーを3点発生させます」
立体映像に現れる、深紅の蓮の花。観客からどよめきが湧き上がった。
「おいウソだろ……あれ、アルファ版じゃねえかよ!」
「家が買えるぞオイ……!」
「本当に存在してたんだ……!」
発生した3つの魔力を眺め、ケンは意識を試合に集中させる。
「魔力を3点使い、俺は楽園鳥を三体呼び出します。それと……大地のクレイドルを置き、楽園鳥と合わせて6点の魔力を発生させます」
「おいおい……まだ序盤なのに、バケモノカードのオンパレードじゃねえか……」
キースは冷汗をかく。
「俺は魔力貯蔵庫をプレイ。発生させた魔力をこの中に貯めて、ターンエンドします」
「よーし、俺のターンだな」
番が回って来たキースは、冷静に分析する。
(確かに、アレはかつてのカードクイーンの序盤の戦法まんまだな……。だが、俺だって無対策なワケじゃあねえ……! 打ち破ってやるさ……!)
戦いは白熱していく。両者一歩も譲らず、息の詰まるようなせめぎ合いが続いた。
そして、均衡はわずかにキースの側へと傾き始めた。
「俺は機界の侵略を超動させる! これにより、デッキからマシーンモンスター、ガンキャノン・ショットドラゴンを場に出すぜ!」
キースのフィールドに並ぶ、禍々しい機械のモンスターたち。観客は一斉に歓声をあげる。
「これで俺はターンを終了する。……次がお前のラスト・ターンだぜ!」
くやしいが彼の言う通りだ……。ケンは自分の手札を見つめる。だが、不思議と彼の頭は澄み渡り、焦りも不安も存在していなかった。
「……そうですねキースさん。このターンで決めます!」
観客は驚きの声をあげる。キースも笑ってはいるものの、その顔にはっきりと焦りの色が浮かぶ。
「俺は、時流のねじれを超動させます!」
フィールドの立体映像のモンスターたちに、次々と変化が訪れる。
「しまった……! 俺のマシーンが、経年劣化で戦闘力皆無に……!」
「そして、俺の場の炎の雛鳥は、時を経て不死なる聖鳥ベンヌへと姿を変えます!」
ケンのフィールドに降り立つ、神々しい火の鳥。オレンジ色の光が会場を照らした。
「ベンヌで、キースさんのガンキャノン・ショットドラゴンを破壊!」
粉々に砕け散るマシーンモンスター。響く歓声がまるで演出のようだった。
「やられたぜ。……だがな、さっきも言った通り、俺には返しの手がある。俺に番が返ってくれば俺の勝ちは――」
「それはどうでしょうか?」
「何!?」
ケンの不敵な笑み。キースの額から汗が流れ落ちる。
「時渡り、超動!」
「そ、そのカードは……!」
ケンの使うカードの効果により、彼は“もう一度”自分のターンを得たのだ。
(俺に番さえ返ってくれば、どうにもできた……だが、続けてターンを回されたら……クソッ!)
キースは歯噛みするも、時は既に遅かった。
「ベンヌの攻撃! これで、リーサル(とどめ)です!」
「決まったぁぁーっ! 何というジャイアント・キリング! スズハラ選手、カードプロフェッサーを破り二回戦進出だー!!」
耳をつんざくほどの歓声。ケンは震える手でカードを片付けていると、彼のもとにキースが近づき手を差し出した。
「完敗だよ。まったく、とんでもないヤツだなお前」
ケンは立ち上がると、彼の握手に応じた。
「キースさんも、強かったです。正直なところ、あのカードが引けていなかったら負けていました」
「だよな? はー、この運命の残酷さも、カードゲームだよなあ」
割れんばかりの拍手が、たたえ合う二人を包み込んでいた。
選手控室に入るケンを、タカハシは祝福の言葉と共に迎え入れた。
「勝ったようだね。おめでとう、スズハラ君」
「ありがとうございます」
プロの人たちは、毎回このような戦いを繰り広げているのだろう。ケンは改めて彼らの芯の強さに恐れ入った。
「さて、本当の所は君と語り合いたいところだが……次は私の番なのでね。失礼」
特に慌てる様子もなく、まるで日課の散歩に出かけるかのように待合室を後にするタカハシ。残されたケンは、手持ちぶさたになりデッキの調整を始めた。
(公平性のためとはいえ、試合が観戦できないのは辛いなあ……)
ケンは心の中でそう呟きながら、デッキを見直していく。
(さっきは、ちょうど都合のいいカードが手札にあったから勝てたけど……このデッキやっぱ終盤のあと一歩が弱いなあ)
もちろん、その弱点を補うようなプレイングをマリは行っていた。しかし、ケンにはどうしてもその領域に達することができなかった。
(使うのは俺だし、俺なりに弄るのもアリかなあ……?)
ケンが迷っていると、一人の青年がフラフラと彼に近づいてきた。
「やあ、君がスズハラ君だね?」
咄嗟にケンはデッキを隠すように覆いかぶさる。その様子を見て、青年は申し訳なさそうに謝罪した。
「ああゴメン、デッキの調整中だったんだね。邪魔だったらまた後で――」
「あっ、いや……こちらこそすみません。すぐに片づけますので、お話……しましょう!」
暇を持て余す彼にとって、人との会話はありがたいものだった。青年は笑うとケンの隣の椅子に座った。
彼の顔は青白く、脂汗を流している。ケンは恐る恐る伺った。
「あのう……調子悪そうですが……大丈夫ですか?」
「ああ……恥ずかしいことにね、船酔いしちゃったみたいで……俺トオルって言うんだ。よろしく」
ケンは心配そうにトオルの握手に応じる。
「あなたもカードプロフェッサーですか?」
「いいや、俺も君と同じ、予選から上がって来たよ」
『でも』とトオルは続ける。
「いつかは、きっと……誰にも負けないカードプロフェッサーになってみせるさ」
ケンは彼の真っ青な顔に不安しかなかった。
「え、ええ……頑張って……ください……」
「ありがとう。それと……一回戦目に勝つことができれば、君と戦うことになると思うから……もし、そうなったら……うっぷ、ごめん……!」
トオルは真っ青な顔のまま、勢いよく控室を飛び出していった。
「……大丈夫かなあ?」
その後、大会は順調に進んで行った。タカハシは勝利したらしく、涼しい顔で控室に戻ってきた。死人のような土気色の顔をしたトオルも、なんとか本番に間に合ったようで、フラフラと会場に消えていった。
ケンはタカハシとプレイングについて語り合っていると、幽鬼のように虚ろな表情のトオルが控室に戻って来た。
「……勝ったよ」
「おめでとうございます……でも、大丈夫なんですか?」
タカハシも心配そうにトオルのもとに駆け寄る。
「ふむ……そうとうひどい船酔いだね……。医務室に行った方がいいだろう」
「そんなこと……と、言いたいところですが……もう、限界です……」
タカハシは慌ててスタッフを呼ぶと、トオルは駆けつけたスタッフに連れられて控室を後にした。去り際に、ケンはトオルから弱弱しい激励を受けた。
「君、不戦勝になると思うけど……決勝戦、頑張って……ね……」
決勝に進める嬉しさと、戦わずして進める申し訳なさがせめぎ合い、ケンは複雑な表情だった。
――しかし言われてみれば、船の揺れが心なしか強くなっていることにケンは気が付いた。外は荒れているのだろうか? 窓から覗く海に変化は見られなかった。
「さて、と。次の試合が無くなったのなら……私の番だね」
タカハシは立ち上がる。彼のことだ、おそらく勝つだろう。ケンに緊張が走る。
「それでは、決勝で会おう」
入って来た時は賑やかだった控室も、いつしかケンのみになっていた。ただぼーっと窓から海を眺めるケン。遥か続く水平線に思いを馳せるも、やがて飽きてしまう。水でも飲もうかと振り向く彼の目の前に、“彼女”がいた。
「ひっ……!」
背筋が凍り付き、心臓のあたりが締め付けられる感覚に陥るケン。思わず後ずさりし、窓に背を押しつけた。
「はじめまして……だね。デュナミス」
少女は青い髪を揺らし、顔を傾ける。
「その名前で呼ぶってことは……お前、研究所の……?」
「うん、そう。わたし、ローレライ」
ローレライの大きな赤い瞳が、物珍しそうにケンを見つめる。
完全に不意を突かれるかたちになったケンは、咄嗟に身構える。しかし――。
「なにもしないよ。今は」
不気味な沈黙が続く。しかし、突然少女は踵を返す。
「またあとで会おうね。じゃ……大会、がんばって」
静かに控室を去っていくローレライ。
「ま、待て!」
少女の後を追おうとするも、その足は動かない。歌が聞こえる。ローレライが口ずさむ、悲しい旋律の歌。ケンの体は床に沈み込んでいく。もがけばもがくほど、沈んでゆき、音が遠くなる――。
「――い、おい! 君! 次は決勝戦だよ!」
誰かに体を揺すられ、ケンは目を覚ます。どうやら机に突っ伏して眠ってしまっていたようだった。
「あ、あれ……?」
ケンは寝ぼけ眼で辺りを見回すも、彼を呼びに来たスタッフ以外の人影は見当たらない。
「……夢?」
「どうしたんだい? 君も体調が優れないのなら――」
その言葉にケンは我に返る。勢いよく立ち上がると、慌てて手を振った。
「だ、大丈夫です! 行きましょう! さ、早く!」
照明の落とされたメインホール。最高の舞台を待つ観客たちを前に、MCは現れる。スポットライトで照らされた彼は、今日一番の声を張り上げ高らかに決勝の宣言を行った。
「長らくお待たせしました! 皆さま! 本日! ついに! プロフェッサーランク堂々1位のカズオ・タカハシと、あの伝説のデュエルクイーン、彼女を継ぐ者ケン・スズハラのドリームマッチの開催だー!」
盛大な音楽と光に演出され、ケンとタカハシは入場する。観客の興奮は最高潮に達しており、会場全体を沸かせていた。
「それでは両選手、試合前の握手を!」
二人は固く手を結ぶ。しっかりと、タカハシの目を見据えるケン。タカハシも、ケンの挑戦を受ける気概を見せ不敵に微笑む。
「よろしくお願いします!」
「ああ、楽しい勝負にしよう」
二人は卓に着くと、互いのデッキをカットする。
「それではッ! 運命のッ、ダイス・ロール!!」
MCの声をスイッチに、立体映像のダイスが回転する。その場の全員が息を殺し見守る。やがてそれは勢いを落とし、停止した。青のダイスが3、そして赤のダイスが6――。
「ダイスは……赤だァ! 先攻は、タカハシ選手!!」
タカハシは静かにドローを終えると、手札をじっと見つめる。そして――。
「私は、火山島を置き、地殻変動のカードを超動する。これにより、デッキから火山と孤島のカードを場に置く。そして――」
タカハシは魔力を発生させ、手札からカードを超動させる。
「速攻のライトニング・ボルトを超動。これにより、君に5点のダメージを与える」
「出たァー! タカハシ選手の速攻戦法!!」
赤い電が走り、ケンのライフポイントが大きく削られる。大きな歓声。ケンは、開幕の洗礼に心躍った。
「いいダメージですね! 俺のターン!」
ケンはドローし、手札を確認する。
(よし、いつも通り、いつも通り……!)
速さでリードを狙うタカハシに乗せられないよう、ケンは自分のペースを意識する。タカハシも、そんな彼の動きに気が付いたのか、戦法を変えてくる。
攻めて守る、守って攻める。ハイレベルな攻防戦に、MCも観客もいつしか魅入られていた。
「私はモルドワームで攻撃を行う」
「させません! 万里なる防壁を超動! 攻撃を無効化します!」
「すごいぞー! 両者譲らぬ攻防! この戦い、いつどちらに傾いてもおかしくない!!」
攻撃を防がれるタカハシ、しかし、彼の表情には笑みがこぼれていた。
「……そうこなくてはな。私は、侵食する魔菌を超動。君の防壁を破壊する。」
ボロボロに崩れていくケンの防壁。観客席のルリは声を上げた。
「ああっ! これではケンさんの場は貧弱に……!」
「マズいな」
「アカンて……明らかに、二人の戦力差が開きすぎとる!」
ケンにも焦りが出始めていた。同じように攻めて守っていたはずだったが、気が付けば有利はタカハシの方が遥かに大きい。ケンはじわりじわりと追い詰められていたのだ。
(……やっぱり、俺のプレイングだと……ジリ貧だな……なら、ここでやるしかない……! あのカードさえ引ければ……!)
「俺のターン、ドロー!」
――来た!
「……引けたようだね」
共に笑みを浮かべるケンとタカハシ。
「このターンで、あなたを投了させます……!」
「ほう……面白い。やってみなさい」
どちらも、全力で戦いを楽しんでいる。特にタカハシは、かつての“ライバル”の面影を見出し、それをまさに乗り越えようとしている現状に高揚していた。
「俺は、トータル・オーブを超動! 俺の場と手札のモンスターをすべて死滅させ、その数につき二点のライフを得ます!」
「なんや? ケンのヤツ、ここでそんだけライフ回復しても焼け石に水やぞ?」
「ですが、あの様子、ケンさんは何か考えているんじゃあないでしょうか?」
ルリの推察どおり、ケンには秘策がある。それをタカハシは分かっていた。
(そのカードが来たということは、次は“アレ”か)
「俺はさらに、厳正なる天秤を超動します。これで、お互いの場のモンスターは強制的に同じ数に……ゼロになります!」
「で、出たー! 天秤とオーブのスーパーコンボだー! かつてカードクイーンも愛用したあの恐ろしいぐらいに強力なリセットコンボ!!」
まっさらになった場を見て、タカハシは思わず笑い出す。ケンは怪訝な表情をした。
「いや、すまない。昔を思い出してな。……かつての私は、幾度となくこのコンボに苦しめられたよ」
タカハシの表情が一変する。
「しかし、今は違う。彼女のデッキを研究し、打ち勝てる構築を考え出した。……宣言しよう。スズハラ君、私はこのターンで、投了はしないよ」
そう言うと、タカハシは手にしたカードをこれ見よがしに掲げる。裏側しか見えないが、その一枚が、この状況を覆すものだとケンは直感した。
「……マリさんのデッキのままでしたら、“ここで終わり”だったでしょうね」
「……何?」
「見てください、俺の捨て札を」
「捨て札……ハッ! そ、それは……! そんなカードを使う者がいるなんて……!」
タカハシは驚愕する。
「先程手札から死滅させたモンスター、月輪のコンス……それは、自身の死滅をトリガーに“生まれ変わる”んです」
ケンはデッキから新たなモンスターを呼び出す。神々しい、太陽の化身――。
「月が沈み、日は昇る……現れろ、日輪のラー!」
観客席のルリは、不思議そうにリョウに尋ねた。
「タカハシさんが驚いてますけど、そんなに変なカードなのですか?」
「いや、変やないんやけど……あれらは効果があまりにも限定的……ロマンカード……というか、コンボ前提すぎて、トーナメントレベルで使うようなカードやないんや」
「???」
「まあ、プロたちが歯牙にもかけないようなカードってことだ」
エイのフォローにも、ルリはイマイチ要領を得ない様子だった。
「ラーの効果起動! 俺は自身のライフポイントを払い、ラーで相手の“手札に”攻撃を行います!」
太陽神の放つ炎が、タカハシの手札――巻き返しの一手を奪い去った。
(なんということだ……彼は最初からこの展開を見越してあんな荷物になるようなカードを投入していたのか? いや……私は、スズハラ君の影を追うことに夢中で、“対戦相手がその息子である”ということを失念していた……これを慢心と呼ばずして何と呼ぼうか……)
うなだれるタカハシ。己の未熟さに打ちひしがれつつも、ライバルの再来に心の奥に喜びの感情が湧き上がって来た。
「ふ、ふふふ……私の負けだ。スズハラ君、本当に、本当に見事だよ」
「き、決まったァー! スペンサー・レイン号杯、その優勝者は、なんとお! 彗星のごとく現れたニューフェイス、ケン・スズハラ選手が見事勝ち取ったァー!」
MCはケンの手を取り、高々と掲げさせる。ケンも、高揚した気分で勢いよく立ち上がった。
「さァ、優勝者にはコレ! プロツアーじゃあないから、賞金は出ないけど……トロフィーと“音衝兵器-ローレライ”のカードだ! 世界に一枚しかないから、観賞用にするも、戦力にするも君次第だ!」
ケンは夢見心地で優勝賞品を受け取る。
「何か一言、オーディエンスの心を震わせる言葉を!」
MCからの突然の無茶振りに、ケンは動揺する。しかし、この大会に参加を決意した時から胸中に潜めていた思いを静かに語り出した。
「母……スズハラ・マリはデュエルクイーンの座を降りました。空白になったその座には誰も着いていないと聞きました」
壇上から見下ろすケン。多くの視線が彼に釘付けだった。
「競技を行う人の気持ちとして、クイーンを打倒せずして頂点に立ちたくないという気持ちは分かります……。ですがやっぱり……キング、クイーンという打倒すべき壁があってこそ、頂点の目指し甲斐があり、勝負が燃えるんじゃあないでしょうか」
ここまで言ってしまったらもう戻れない。ケンは覚悟を決めた。
「だから……どうか、気後れせずに頂点に座ってほしいです。そこに新しく座る誰かが、きっと母さんに負けないぐらいに輝く人になるから……僕はそう、思います」
しんと静まり返る会場。……出過ぎた発言だったとケンが唇を嚙んだ時、小さな拍手が起こる。顔を上げると、予選でケンと戦ったアスターが拍手をしていた。
それを皮切りに、ひとりまたひとりと拍手が伝播するように広がっていく。いつしか会場は大きな喝采の音に包まれていた。
ケンは安堵感に包まれる。これでまた、M&Wのトーナメント環境は頂点を目指したより熾烈なものになっていくのだろう。マリもきっとそれを望んでいるはずだ。
しんみりしているケンに、MCはそっと耳打ちする。
「君、デュエルキングとしてI・I社と契約しないか? 君ならあのクイーンの後釜として十分だよ!」
「え、遠慮しておきますー!」
ケンは逃げるようにステージから飛び降り、祝福する仲間のもとへ向かった。
その後、ケンはルリ、エイ、リョウ、タカハシにキースとアスターも加え、夕食をとった。すっかり打ち解け、豪華な夕食に舌鼓をうつ。優勝の高揚感も合わさり、ケンがこれまで過ごしてきた人生の中で二番目に幸せな時間だった。
「今日はいろいろな意味で有意義な一日だったよ」
「そうですね。なんだか急に疲れが出てきました」
「航海はまだ2日は続くから、ゆっくり休養を取るといい」
食後、自室に戻ったケンとタカハシは荷物の整理を行っていた。
「……母さん、俺、繋いだよ」
ケンはデッキとトロフィーを、丁寧に鞄の奥にしまいこんだ。その後、M&Wについてタカハシに話を聞こうと彼に話題を振るケン。その時、ケンの耳に悲しい旋律の歌が聞こえてくる。聞き覚えのあるそれに耳を傾けていると、ケンはタカハシの様子がおかしいことに気が付く。
「……タカハシさん?」
彼は黙々と荷物をまとめると、何も言わずに部屋を出ていった。ケンは慌てて後を追う。
廊下では、各部屋から乗客たちが皆荷物を手に出てきていた。
「ルリちゃん、エイ、リョウ! いったいどうなっちゃってるんだ?」
「分かりません! “歌”が聞こえてきたと思ったら、リノエさんが出て行ってしまって……!」
ルリも焦燥しきっている様子だ。エイも首をかしげる。
「皆表情が虚ろだ。これはただごとじゃあないぞ」
「もしかしたら……」
ケンは、決勝前に遭遇した奇妙な出来事を思い出し、三人に聞かせる。
「マジか……? だったらはよ止めないと、マズいことになりそうな気がするで……」
「探しましょう! この“歌声の主”を!」
四人は船内を駆け回る。しかし、歌声は船内で反響し、ありとあらゆる場所から聞こえるような錯覚に陥る。焦るケン。その時、エイが何かに気づいたようでケンの肩を軽く叩いた。
「おい、見てみろ」
彼の指さす先。プロムナード・デッキに人々の行列ができており、彼らは順に救命艇に乗り込んでいるようだった。
「んん? なんでみんなアレに乗っとんのや?」
ケンも首をかしげる。人々が操られているのだとしたら、どうして救命艇に乗り込ませるようなことをするのだろう?
「ああっ、リノエさん!」
ルリが指さす先に、リノエとタカハシ、キースに、アスターやトオルの姿があった。皆心ここにあらずといった様子で、救命艇の列に加わっている。
「行ってみよう」
一行は急ぎデッキへと向かう。そうしているうちに、一隻、また一隻と救命艇が夜の海へと降りていった。
ケンは乗り込みを指示している船員に近づくと、声をかける。
「すみません! いったい何が――」
船員の虚ろな表情を見て、ケンは言葉を失う。まるで、自分ではない“誰かの意思”に動かされている様子だった。
「なんやねんいったい……気味悪いったらありゃしないわ」
「俺たちも、乗った方がいいかも……?」
一行は列に並ぼうとするも、そこに船員たちがやってきてケン達を列からはじき出した。
「何すんねん!?」
「エンジンルーム……アイニ、キテ……」
船員が放つその異質な言葉に、一同揃って驚愕する。
「エンジンルーム……?」
「きっとローレライだ」
――またあとで会おうね。
ケンは彼女の言葉を思い出す。
「ケンさん、罠かもしれませんよ?」
「それでも、今この状況をどうにかするには……選択肢は他にないんじゃあないかな」
エイは溜息をつく。
「なるべく全員固まって動くようにしよう。……何があっても対処できるようにな」
ルリは納得できない様子だったが、仕方がない、といった具合に頷いた。
一行は、人気のなくなった船内を進む。賑やかで活気にあふれていたそこは、今や見る影もなく不気味な幽霊船へと成り代わっていた。
「ここだな」
“関係者以外立ち入り禁止”の表示が掲げられた扉。歌声はその奥から確かに聞こえている。
「気ィ引き締めて行こうや」
リョウの真剣な言葉に、全員が頷く。
ゆっくりと手をかけ、扉を開く。騒々しい轟音に、少女の歌声が混ざりこみなんとも不気味な協奏曲を奏でていた。
「何があっても、すぐに対処できるようにしておけ」
エイはホルスターに手をかける。その時、ケンはふと疑問に思った。
「そういえば、エイ。この船に乗る時に荷物や身体チェックあったよな? どうやってナギさんを持ち込んだんだ?」
緊張感をブチ壊すようなケンの問いに、エイは半ば呆れた表情で返す。
「ルリに預かっていてもらったんだ。彼女の鞄が普通のものじゃあないことは知っているだろ?」
「ああなるほど……」
間の抜けた返事に、リョウは思わず笑い出す。
「ハッハッハ! なんか、緊張しとったの馬鹿らしくなったわ!」
ルリもくすくすと笑っていた。
「なんだよもう……まあいいや、それじゃ、行こうか!」
ケンは手に力を込めると、鉄製の両開きの扉を開け放つ。エンジンルームの轟音が、より一層大きくなる。
まるで倉庫のような広大な空間。所狭しと詰め込まれている機械に、閉塞感を覚える。
「いた……!」
その部屋の中央、青髪の少女が一人、ポツンと立ちすくんでいた。
「来たね……」
少女は手を上げる。すると、うるさい程に響いていた駆動音がピタリと聞こえなくなった。
「さあ嬢ちゃん、一体なんのつもりなのか話してもらおうか?」
そう言うリョウの言葉など一切意に介さず、ローレライはケンを見つめる。
「来てくれて、ありがとう」
予想外の言葉に、ケンは困惑する。
「ありがとうって……お前、皆のこと……救命艇に乗せて、いったいどういうつもりだ!?」
「心配しないで。あのひとたちなら、すぐちかくの港にたどりつくよ……。だから、今おろしてあげた」
ケンは違和感を覚える。研究所の者なのに、彼女からは殺意や敵意が全く感じられないのだ。
「それは、どうして?」
思わずケンの口調も優しくなった。
「あなたに、見てほしいものがあるの」
「それは、どんな……?」
「ここじゃあないの。だから、海竜に協力してもらうの」
聞きなれぬ単語だが、ルリだけは違ったようだ。彼女の息を呑む音が聞こえる。
「そ、そんな……あなた、まさかこの船を沈めるつもりですか……!?」
その言葉に一同愕然とする。
「な、なんのつもりや!?」
「この海域……この海流にのっていけば、ガラスの砂漠、たどりつく」
「ガラスの砂漠……?」
ケンは眉根をひそめる。そんな地名、聞いたことが無い。
「うん。そこで、“オーバーシア”に会って」
「誰? 人の名前?」
「名前……なのかな? 彼はじぶんのことをそう言っているけど……わからない」
「オーバーシア……“観測者”……? いったい何の……?」
頭をひねるエイ。あまりに唐突な展開。一行は疑惑の念に包まれる。
「君は何の目的があってそこまでするの? これも研究所の命令?」
ケンの問いに、少女は首を横に振った。
「ううん、ちがう。わたしも、ペインキラーズ……」
「何だって!?」
ケンは思わずローレライの両肩を掴む。彼女は表情を変えず、大きな双眸でケンを見つめた。
「マリと、やくそくした。それだけ」
「マリさ――母さんに会ったことがあるの!?」
「うん。あの人は、わたしに生きることを教えてくれた……だから、わたしも、彼女の見ている“先”を見てみたくなったの」
ケンはローレライの肩から手を離すと、後ずさる。エイとリョウが、そんな彼の背中を支えた。
「信じるかどうか……お前に任せる」
「俺も他人のこととやかく言える立場やないしなあ」
「二人とも……」
ケンは頷く。
「わかった。ローレライ、君を信じる……とは言えないけど、その人……オーバーシア? に会ってみるよ」
「うん。それがいいと思う。じゃあ、海竜呼ぶね?」
「……え?」
直後、ローレライは再び歌い出す。すると、船全体を揺るがすようなとてつもない震動が襲い掛かる。
「み、皆さん! 荷物、預かります! 私の鞄に……!」
ルリはおそらく、この後何が起こるのか予想できているのだろう。ケン達も彼女に従い、自身の持ち物を急いでルリの鞄の中に押し込んでいった。
「ルリ、その何とかって、どれくらいデカいんや?」
「この船以上……ですね」
「ウソやろ……俺泳げないねん……!」
「はあ!? リョウ、こんな時に笑えない冗談よせよ!」
「冗談やない! 俺――」
リョウの言葉が途切れる。
ケンは自身の視界が激しく揺らぐのを感じる。
ルリの悲鳴。
エイは咄嗟にリョウの腕を掴んだ。
鋼鉄の船体が軋み、メリメリと不気味な音を立て裂けていく。そこから流れ込む大量の海水。
(オーバーシアに、この世界をみせてもらって)
上も下も分からなくなるほどの激しい潮流。濁流に揉まれ、薄れゆく意識の中、ケンの脳裏にローレライの声が響いた。
* * *
照り付ける太陽。吹きすさぶ乾いた風。
砂漠に面する海岸に、まばらに並ぶ少年少女の体。全員意識を失い、ぐったりとしていた。
「父ちゃん! 人だ! “外の人”だゾ! 大変だゾ!!」
ボロ布を外套のように身に纏った人影が、倒れているケン達に近づく。その人物は、まだ少年だった。息を切らして駆け寄ると、目深にかぶったフードから金色の目を光らせる。
「まだ息はあるゾ! 急いで村まで運ぶんだゾ!」
空高く舞う猛禽類の鳴き声が、茫漠の大地にこだました。




