三話 元部員に構われる
早速、翌日の朝から行動を開始した。
「それで、新しい部活を作りたいと」
とは言いつつも、部活設立に必要な条件について、詳しい事は知らなかった。だから現在、職員室にて担任の藤原先生に助言を貰いに来ている。
「しかし、そんな理由で部を設立しようとはな」
先生は、物珍しさから出る笑いを俺達に向ける。
「理由はあれだが、知っての通り天文部は以前にもあった部活動だ。簡単に許可されるだろう」
「え、そうなんですか?」
「なんだ、知らずに設立しようとしてたのか? てっきり設立の容易さも考慮して、天文部を選んだと思っていたんだが」
初耳だ。それにそんな事まで考えていなかった。それならもっとメジャーな部活動にしておけば……。
いや、出来ればこいつにはやりたい事をやってほしい。
「それで、条件なんですが……」
「ああ……相談に来てくれたのは嬉しいが、俺はもう他の部活の顧問をやってる。だからそういう助けは出来ないんだ、悪い」
「いえ、そうではなくて、部活動設立のための条件を聞きに来たんです」
でも今の口ぶりからして、部活動の顧問は必須の条件だろう。
「そんな事も知らずに立ち上げようとしてたのか?」
呆れた溜息が漏れた後、先生が順を追って説明を始めた。
「新たな部を設立する条件は三つ。立ち上げに必要な規定部員数の五人を満たしている、顧問になってくれる先生が居るか、そして最後に生徒会の許可。この三つをクリアして初めて、部と認められる」
「部室の有無は関係ないんですね」
「活動的にあった方がいいのは確かだが、必須ではない。それに去年まで元天文部が使っていた部室が残っているから、設立さえ出来れば使える筈だ。今は物置になってるけどな」
部室が残っているのか。それはありがたい。
「とにかく、部員と顧問を見つけられさえすれば、お前達の場合だと生徒会の許可はすんなり通るだろう。まぁ頑張れ」
他の条件を満たせば、芋ずる式に最後の条件もクリア出来る訳か。
だが結局の所、部員集めと顧問を引き受けてくれる先生の確保は必須のようだ。
「ありがとうございます」
一応、聞きたい事は聞けたな。他に尋ねておきたい事はあるだろうか。
「あの、質問があります。何故、天文部はなくなったんでしょうか」
と、御縁が職員室で初めて口を開く。
「端的に言えば自然消滅だな。確かに去年の夏頃までは部員が規定数に達していたんだが、その殆どが三年でな……受験やら何やらで、当時二年の生徒を一人残して退部していった。その上、顧問もその年度を限りに定年退職。残った生徒は最後まで存続の意思があったんが、結果は見ての通り廃部という訳だ」
御縁は良い質問をしたかもしれない。
「先生、その生徒が誰かって分かりますか?」
「詳しくは知らんが、調べるくらいはしてやれる」
「本当ですか? お願いします!」
「昼休みまでには調べておく」
自分で言うのは何だが、面倒臭い提案をしている自覚はある。それでも嫌な顔せずに引き受けてくれる藤原先生は、やっぱり良い先生だ。
「ありがとうございます。お願いします」
それそろ予鈴がなる頃なので、俺達は先生に改めて礼を言って教室に戻った。そしてきっちり昼休みに、藤原先生はその生徒を見つけてくれたのだった。
先生に感謝しつつ昼食を済ませた俺達は、昼休みの間に三年生の教室へと向かった。
「すみません、星塚先輩って居ますか?」
先生に教えられた3-Bの教室、入口付近にいた男子生徒に聞く。
「星塚に何か用なのか?」
「はい。だから呼んでもらう事って出来ますか?」
「ん、ちょっと待ってな」
そう言ってその人は教室の奥へと向かって行った。
上級生の教室って妙に緊張するんだよな。今だって普通に話していただけなのに、何故か高圧的に感じてしまった。
「天文部の元部員ってどんな人なんでしょうか。気になりますね」
御縁はそんな事ないようだ。平然と話を振ってくる。
「上級生の教室は童話に出てくる魔王城みたいなイメージなので、なるべく怖くない人が良いです」
どうやらそんな事はあったようだ。しかし相変わらず壊滅的な例え方だ。
「――あたしが星塚だけど、何か用?」
少しして、教室の奥から一人の生徒が姿を見せた。
「貴方が星塚夏希先輩ですか?」
「そうだって言ってんじゃん。あんたら見ない顔だし下級生だよね。そのあんた達があたしに用って何?」
あからさまに面倒臭そうに対応する女子生徒が星塚先輩らしい。恐らく地毛じゃない金色の髪、見る者を刺すような鋭い目つき、着崩した制服。
まるで――と言うか、絵に書いた古典的なギャル。それが彼女への第一印象だ。
とにかく、彼女の第一声から見るからに好意的ではない。下手な事を言えば、俺の『元部員を引き入れて部員数を稼ぐ作戦』が台無しになってしまう。
ここは慎重に言葉を選んで――。
「恭也君、ギャルです。天文部の元部員はギャル先輩でした」
「は?」
しかし事は遅かった。こちらには天然な御縁が居るのだ。
ぶっきらぼうに指をさす無表情な御縁の姿は、星塚先輩にとって失礼極まりないそれに映っているに違いない。
現に、ただでさえ鋭い目つきが、更に細くなっている。
「急に呼び出してそれって、え、何。馬鹿にしてんの? 喧嘩売ってんの?」
御縁を鋭く睨む星村先輩。これ以上、神経を逆撫でする言動は控えないと作戦が崩壊してしまう。既に成功の目処はないのかもしれないが。
「いや俺達は――」
そう言いかけた時、御縁が被せてくる。
「馬鹿になんて恐れ多いです。私はただ、貴方を怖いと思っているだけです」
いや言い方! 幾ら何でもド直球過ぎるだろ!
天然なこいつらしい発言だが、今は控えてほしい。何とか軌道修正しなければ。
「いやいや、別に怖くはないだろ。俺は最初、大人な雰囲気があって美人な先輩だって思ったぞ?」
失礼極まりない発言を否定して、尚且つ相手を褒める。我ながら最良の一手だ。
これなら以降の御縁の発言も落ち着くだろう。
「そうでしょうか。私は怖いギャルだと思います」
……何でいつもは他人の発言を否定しない癖に、こんな時に限って否定するんだよ。まさかこいつ、星塚先輩に対する恐怖で、本当に拒絶反応が出ているのか?
この状況、俺は一体どうすればいいんだ。
「何処がそんなに怖いんだよ?」
焦ってそう聞いた俺が馬鹿だった。次の瞬間こいつは――御縁はとんでもない発言をした。
「何人か殺ってそうな目が怖いです」
終わった。確かに怖い目をしているが……じゃなくてだ。
今の発言を聞いた彼女は間違いなく怒っているだろう。
「何人……って……」
ほら、何か呟きながら肩を震わせて俯いて、顔を赤くして――え、顔を赤くして?
「そ、そ、そ、そんな訳ないし! 急に何言ってんの!?」
何故かめちゃくちゃ挙動不審になってる。呂律は回ってないし、顔はりんごのように赤くなってる。
ここは名誉を傷付けられた事を怒る場面だろう。人を殺ってそうって言われたんだからな。
なのに何故、まるで恥ずかしそうにしているのか理解出来ない。
「あ、あたしそんな事してないし! 何誤解してんの、この淫乱女!」
ん? 聞き間違いじゃなければ今この人『淫乱』とか言わなかったか?
「ちょ、ちょっと待ってください! こいつはそんな風な事一言も……」
「い、言ったじゃん! 何人かとヤってそうって!」
「……は?」
待て。俺の推測が正しければ……この人は――星塚先輩は、とんでもない聞き間違いをしているのではないだろうか。
「はい。何人か殺ってそうです」
言ってない言ってない! お前の発言には『と』がない!
「〜〜〜っ! ま、まひゃ言った!」
星塚先輩の顔が更に赤くなり、溜めるに溜めてこう言い放った。
「――あたし、まだ処女だし! 誰ともヤッてないし!」
唐突に年上の女子から聞かさせた処女発言に、俺はどんな反応をすればいいんだろう。この状況作る原因の片棒を担がせられてしまった御縁は、相変わらず無表情を貫いている。
「恭也君、この人は何を言っているんでしょうか」
そもそも状況が理解出来ていなかったか。
とにかく、そんな御縁の発言を訂正しなければ。
「待ってください!こいつは、御縁はそんな事言ってません!」
「言ったじゃん! ヤッてそうって!」
「違いますって。御縁は『何人か殺ってそう』って言ったんです」
「だから何人かと……え?」
ようやく話を聞いてくれそうだ。
「『ヤる』じゃなくて『殺る』です。ほら、命を取る方です」
「……もしかして……あたしの聞き間違い……?」
「そうです。だから、人目もあるんで落ち着てください」
周りの視線が俺達に集まっていた。理由は明白、さっきの星塚先輩の発言が教室中に響き渡ったからだ。教室だけじゃない、扉も前後開いているから廊下にまで。
「……え、じゃああたし、今何を……」
教室を見渡して状況を理解出来たんだろう。そして一度戻った顔色が、再び火が出る程に真っ赤になる。
「あ、あたし、クラスメイトの前で、あんな事を……」
「と、とりあえず教室を出ましょう。御縁、先輩を連れて行くぞ」
「……? よく分かりませんが分かりました」
周りの視線が痛い。一刻も早くこの場から離れたかった。
俺達は星塚先輩を連れて近くの空き教室に連れ込んだ。
「うぅ……あたし、皆の前でなんて事を……」
空き教室に入った瞬間、体育座りで塞ぎ込む星塚先輩。
「もう……最悪……」
聞き間違えの自業自得とは言え、根本の原因は御縁の妙な発言にある。
一応謝っておいた方がいいだろう。
「すみません先輩、こいつが変な事言い出したばっかりに」
「……謝らなくていいって。元はと言えば、あたしの勘違いのせいなんだから……」
最初の高圧的な態度のせいで、何かと言ってくると思ったが意外にも落ち着いた対応をされた。
「それによくある事だし……あたし、今みたいな勘違い多いから……」
「今みたいなのって……変な言葉に聞き間違える事ですか?」
「そう。だから、クラスメイト達もあんまり騒いでなかったでしょ?」
そう言えば……クラスメイトの女子があんな発言を大声で言っていたらもっと騒ぎになっていた筈だ。
集まっていた視線は驚いていたんじゃなくて、また始まったと言わんばかりの呆れたそれだったのだろう。
「でも、意外とウブなんですね。その見た目なんで誤解してました」
「言わないで、気にしてるんだから……そんな所とか、小心者で臆病な所とかも……それを隠すために派手な格好とか、偉そうな喋り方してるだけだから……」
そういう彼女の姿は、最初の高圧的なイメージは一ミリもなかった。
「恭也君、この人怖くないですよ」
御縁の脳天気な言葉に肩を落とす。
「そう言ってただろ」
まぁ、あれは口から出まかせに言っただけだが。
「それで……あたしに用って何?」
「え?」
「用があるから来たんでしょ? 最初言ってたじゃん」
あ、色々あって本来の目的をすっかり忘れていた。
「聞くぐらいはしてあげる。騒がしくした詫びに」
高圧的な態度を取っても、そんな縮こまっていたら威厳も何もない。
とりあえず本来の目的を話そう。
「実は――」
先輩を訪ねた理由を話した。天文部を作ろうとしている事、その部員と顧問の先生を集めている事。そして、元天文部の先輩を部員として勧誘しに来た事を。
「うん、いいよ」
すっかり元の調子に戻った先輩の回答は、意外にあっさりしたもので、俺達が望んでいたものだった。
「いいんですか?」
望んでいた返答の筈なのに思わず聞き返していた。
「天文部、なくなって欲しくなかったから。だからあたし、新しい天文部に入る。てか一緒に作る」
そう言えば、藤原先生が最後まで存続の意思があったって言ってたな。
「こんなすんなり勧誘出来るとは……」
「何? あたしが断ると思ってたの?」
「はい」
「私も思っていました。最初は怖い人だと思っていたので」
「まぁ高圧的だったから仕方ないよね……てか、その……え、えっちな事じゃなかったけど『何人か殺ってそう』は流石に酷くない? ふつーに犯罪者扱いじゃん!」
それはそうだ。
「でも、天文部に誘ってくれたのは嬉しいし、別にいいけど……」
先輩は頬を掻きながら顔を逸らす。照れているのだろうか、この人意外にちょろい。
「あ、でも一つ条件。あたしに敬語は使わない事」
「それは、またどうしてですか?」
「部員に対しては誰にでも平等に接する。元天文部にあったそのルールを引き継ぐため。初代部長が作った唯一の決まり事だから大事にしたいの」
そういうローカルルールがあったのか。
「分かった。そういう事なら遠慮なく」
「分かりました」
そう頷く御縁は敬語ままだった。
「全然分かってなくない?」
発言と言動が噛み合っていないこいつに、星塚は容赦なくつっこむ。
「理解はしました。ですが、敬語は私のアイデンティティなので、それは出来ません。それでももし使うなと言うのならば、私の手の指全て差し出すので見逃してほしいです」
何処の業界の人だよ。敬語を使う事に対しての執着が凄すぎる。
「あたしが言うのはあれだけど、彼女結構かわってない?」
「かわってる」
星塚は星塚でかわっている自覚はあるようだ。
「さぁ、指を切り落としてください」
「いらないって! そこまで言うなら使っていいから!」
星塚は両手を伸ばす御縁を一蹴する。
「まぁ、御縁は誰に対しても敬語だからある意味平等かもな」
「はい、平等です。なので星塚ちゃんって呼ばせてもらいます」
「そのキャラでちゃん付けなの?」
そのツッコミ、前にも聞いた事がある気がする。
何はともあれ部員探し初日にして初勧誘において、見た目だけギャルな星塚夏希をゲットした。
もう昼休みが終わるから、今日の放課後、本格的に部員探しを開始する事にして解散した。
「――ねぇ、高城」
教室に戻る途中、少し顔が赤い星塚が、俺だけに聞こえる声で話しかけてきた。
「そ、そのさ……あの時あたしに言った事って本心なの?」
「……あの事?」
「ほ、ほら、あたしがその……美人だって……言った事……」
「ああ……」
確かに言った気がする。
「うん、本心だけど?」
「ふーん……そうなんだぁ……」
そう言って、彼女はニヤニヤと顔を緩ませていた。




