一話 転校生に構われる
昼休み。
「恭也君、一緒にお昼ご飯を食べましょう」
授業が終わったや否や、相変わらず無表情な御縁がそう誘ってきた。
なので、学校案内も兼ねて屋上に来た訳だが。
「で、御縁。一つ聞く」
「何でしょう」
他に誰も居ない屋上、その隅のベンチに腰掛けた俺は、意を決して口を開く。
「どうしてお前は手ぶらなんだ?」
「……?」
いや、そんな『何の事でしょう?』みたいに首を傾げられても困るんだが。
教室から屋上までの道すがらずっと疑問を持っていた。弁当箱を持っている俺とは対称的に、何でこいつ手に食べ物を持っていないんだ、と。
「どう言う意味でしょうか」
俺の聞き方が悪いのか。はっきり言ってやろう。
「お前は何を食べるつもりなんだ? 無でも食うのか?」
「……あ」
ようやく気付いたようだ。
「忘れてしまいました」
「弁当を?」
「いえ、買うのを」
購買組か。
「早く言えよ……購買はここから真反対の一階だぞ?」
「すみません、お昼ご飯を買わなければいけない事を忘れていました」
と、一連の会話を涼しい顔、と言うより、無表情で言いのけた。
本当に感情を表に出さないタイプなのか、こいつ。それにかなりのうっかり屋さんみたいだ。と言うか天然? マイペース?
「すみません、今すぐ買って来ます」
ベンチから立つ御縁に『分かった』と返そうとしたが、それをぐっと飲み込む。
待てよ、この天然寡黙系女子一人で、あの購買から食べ物をゲット出来るんだろうか。
――絶対に無理だ。
「待て御縁」
呼び止められてきょとんとしている御縁にこう言う。
「俺も心配だからついて行く」
「ありがとうございます」
鉄仮面な御縁を引き連れて一階へと――購買へと向かう。
今は昼休み、つまり昼食タイムだ。食べ物を求める生徒達は皆、この校内に唯一の購買に集まる。つまり――。
「人が、いっぱいです」
こうして購買の前は人集りが出来ている。それだけじゃない、購買の販売員にあれをくれ、それをくれと声が飛び交う。
「まるで、長篠の戦いのようです」
その例えはどうなんだろうか。こいつの目には生徒達が騎馬隊に見えて、販売員達はそれを撃退する為に鉄砲を握ってる様子でも見えてるのか。
でもまぁ戦場と言う点は合っているのかもしれない。購買と生徒達の戦いではない。生徒同士の戦い。
人気商品には限りがある。それを巡った戦いだ。
「…………」
その光景を目にした肝心の御縁はと言うと、生徒同士の争いを遠目で眺めていた。
「行けそうか? 何なら俺が――」
「いえ、大丈夫です」
無表情ながらその言葉には、確かに強い意志が宿っていた。
「自分で行きます」
そう言って一歩踏み出す。その歩みには感銘を受けた。ちょっとかっこいい。
子犬が狂犬に立ち向かっていくような、そんな勇敢さを感じた。
多分本人も、これは無理だと悟っているに違いない。それでも、その心意気を買って送り出そう。
「分かった、行ってこい。骨は拾ってやる」
「はい、現代の真田信綱になってみせます」
そう言いながら無表情でサムズアップする。
いや本当に死んでどうする。これじゃあ俺が死線に送り出してるみたいじゃないか。
……冗談はさておき、御縁の戦いが始まった。
生徒達の群れに近付き。
「あの」
声を張って……はいないが。
「すみません」
人混みを掻き分けて先に進もうと――。
「駄目でした」
「だろうな」
一分足らずで戻って来た。
「仕方ない。俺が行こう」
「お願いします」
現実を思い知ったのか、今度はすんなり了承した。
「何を買って来て欲しいんだ?」
御縁に弁当を預け、軽くストレッチする。
「サンドイッチでお願いします。出来れば具は卵で。後、他の味とセットになってない物だったら嬉しいです」
「オーケー」
妙に具体的な注文が飛んできた。
「それと牛乳もお願いします」
「了解、行ってくる」
それからはすんなりと事が運んだ。普段退屈しのぎでやっている筋トレが幸をそうしたのか、それ程人混みに揉まれる事なくカウンター前まで辿り着いた。
そして、注文通りの品をゲットして御縁の元へ戻るのだった。
「おお、流石恭也君です。これは天下統一も夢ではないですね」
戦国ネタはもういい。手に入れた品を御縁に手渡す。
「ありがとうございます。恭也君は購買の覇者ですね」
なんか妙な称号を手に入れた。
「お金返しますね、ちょっと待ってください」
そう言ってスカートのポケット探っていたが。
「お財布、忘れました」
「教室にか?」
「いえ、家にです」
「……家だけにってか」
「お上手です」
「あはは」
「面白いです」
無表情で言われても説得力ないって。
もういいや、なんか色々と疲れた。ちなみに代金は後日返してくれる事になった。
「あれ、恭也じゃない」
一連の流れを終えた頃、人混みから見慣れた顔が姿を現した。沙夜だ。
「ここで会うなんて珍しいわね、弁当忘れたの?」
そう言えばこいつも購買組だったか。弁当代わりのパンを幾つか抱えている。
「中学時代のお前と一緒にするな。御縁の付き添いだ」
「御縁?」
沙夜は隣に立っている彼女を凝視する。
「ああ、転校生の。確か御縁……綴だっけ」
「恭也君、この人は?」
当然御縁は沙夜の事を知らないから、軽く紹介する事にした。
「同じクラスで中学からの腐れ縁の七瀬沙夜だ。馬鹿だが、良い奴だから安心してくれ」
「はぁ、ほんとあんたって一言余計よね。毎回こうだと帰って安心するけど」
何を、事実を言ったまでだ。授業中は居眠り、テストは白紙で出す。そんな奴を他にどう表現しろと言うのか分からない。
「御縁綴です。よろしくお願いしますね、七瀬ちゃん」
「え、そのキャラでちゃん付けなの? 今日一の驚きだわ」
分かる。でもこいつは一見寡黙に見えて、天然と言うかマイペースな所が性格の大部分を占めている。ちょっと話しただけだが、そう確信出来る。
「いけなかったですか?」
「そう言う訳じゃなくて意外だっただけ。別にちゃん付けで良いわよ」
「なら良かったです。不都合があれば遠慮なく言ってください」
こう言う機械的な一面もあるんだよな……。掴み所のない奴だ。
「それはそうと二人が一緒にいるって事は、一緒にお昼?」
「そうだ」
「へー、やるじゃん恭也。もう仲良くなってるんだー?」
沙夜はニヤニヤしながら何処か楽しんでる様子だ。からかいモードの沙夜は少し苦手だ。
「もう仲良いのねー、二人共」
「はい、仲良いです」
こっちはこっちで即答してるし。
普通、会って初日でそんな風に答えられる訳ないだろ。
「即答。仲睦まじいのね。恭也、こんな感じの子が好きなの?」
「そんなんじゃねぇって。それよりお前も一緒にどうだ?」
「やめとく。と言うか先約がある」
「ああ、部活の方か」
沙夜は演劇部に入っている。普段はおちゃらけてるが小学校の頃から入部していたらしく、演技については中々だ。
「悪いわね。じゃあまた後で。御縁もね」
沙夜らしく、落ち着きのない動作で演劇部の部室へと向かって行った。
「賑やかで楽しいしたね」
「そうだな」
否定はしない。軽口を叩き合える数少ない友人だ。
沙夜を見送った俺は御縁を連れ、屋上へと戻って来た。
「いただきます」
弁当箱を開けて箸を伸ばす。うん、美味い。いつもの事だが、我ながら今日のこれも自信作だ。
自作の弁当を味わっている隣でも、御縁が卵具のサンドイッチをスローペースでかじっている。
「今日は恭也君に感謝ですね」
突然御縁が食べるのをやめてそう言った。
「何だよ急に」
「結果論ですが、私はお財布を家に忘れていました。なので恭也君が居なかったら私はこのサンドイッチにあり付けていません」
雲一つない晴天の空を見ていた目がこちらに向く。
「だから、ありがとうございます。恭也君」
そこで初めて御縁の表情が変化した。ほんの少しだ、少し口角が上がった。よく観察しないと分からない程度に小さく微笑んでいた。
真っ先に頭に思い浮かんだのは、微笑んだ顔が可愛いとかではなく、ちゃんとこいつも表情が変わるんだなだった。
人間なんだから当たり前だが、今まで表情が一切変わっていなかった御縁に抱く感想としては真っ当だと思う。
「どういたしまして。助けになったなら良かったよ」
「はい、恭也君は私の救世主です」
また変な言い回しを……。そんな御縁の表情は再び元に戻っていた。だから俺は不意に、彼女の笑顔をもっと見たいと思ってしまった。
滅多に変わらないから見たいと言う理由もある。でも一番の理由は単純明快、御縁の笑顔が可愛かったから。
ほぼ表情は変わっていない、少し微笑んだだけ。それだけでも可愛いと思った。もっと目に見えて分かるように笑ったらどれ程可愛いんだろう。そう考えてしまった。
「恭也君?」
……少し顔を凝視し過ぎたか。首を傾げている。
「美味いか、それ」
「はい。恭也君が苦労して買って来てくれましたから。それに人様のお金で食べるサンドイッチは美味しいです」
急に沙夜みたいな冗談をぶっ込んできやがった。後日ちゃんと返せよな?
「恭也君のお弁当も美味しそうですね」
「だろ? 手作りだ」
例によって退屈しのぎに練習していた料理。それでも褒められると嬉しいものだ。
「料理も出来るんですね恭也君は。流石です」
何回でも褒められるのは嬉しい。
しかし、ずっと気になっていた件が頭を過ぎった。
「なあ御縁。その呼び方に関してなんだが」
「呼び方、ですか?」
「そう。その『恭也君』って呼び方、もしかして何だが――」
いや、違ってたら恥ずかしいな。でも沙夜の事は苗字で呼んでいたよな。
意を決して聞いてみるか。
「もしかして、友達だから下の名前で呼んでるのか?」
「そうです。友達は下の名前で呼ぶものだと。もしかして嫌でしたか?」
「別に?」
俺は呼ばれ方を気にしないタチだ。嫌とかネガティブな感情はない。
「俺も綴って呼んだ方が良いか?」
引っかかっていたのはそれだ。折角距離を詰めてくれているのに、俺だけ苗字呼びは失礼じゃないだろうか。
「お好きにどうぞ。ですが、綴と言う字は難しいので御縁と呼んだ方が楽だと思います」
「いや、発音するならどっちも普通だろ」
段々分かってきた。こいつは変なタイミングで変な冗談を入れてくる。
「まぁ本人がそう言うなら御縁のままにしとくよ」
「そうですか」
やっぱり御縁、こいつはあれだ。
「御縁、お前って天然だよな」
「よく言われます。意味は分かりませんが」
うん、そう言う所だ。
「恭也君、私と連絡先を交換しましょう。友達なので」
そして急な提案をしてくる。マイペースも追加しておく。
こうして色々ありつつ、寡黙で天然でマイペースな転校生と連絡先を交換した。




