管理者マニュアルには、まだ余白がある③
午後。抽出を全員分終え、日報を書いていると、戸波さんが事務室に来た。
「灰嶋くん、ちょっといい話と、ちょっと複雑な話があります」
「いい話から聞いていいですか」
「ええ。まず、いい話」
戸波さんがタブレットを見せた。
「D-07の封印について、上層部が本格的な再構築工事を承認しました。工期は三ヶ月。評価期間と同じ三ヶ月です。工事が完了すれば、D-07の漏洩リスクは大幅に低下します」
「つまり、三ヶ月後に漏洩が止まれば、分散移管の理由もなくなる」
「三ヶ月後の評価で『D-07が安全になった。第七区画もそのままでよい』という結論が出れば、分散移管は正式に撤回されます」
三ヶ月間、持たせればいい。三ヶ月間、彼女たちの人型制御を安定させ、D-07の工事が終わるまで、ここを守ればいい。
「いい話ですね。で、複雑な話は?」
「複雑な話というか……報告です」
戸波さんが少し言いにくそうに言った。
「品質管理部の榊原さんから、連絡がありました」
「査察の人ですか」
「灰嶋くんの申し立てと、D-07での五体の連携防御の件を読んだそうです」
「それで?」
「『数字に載らないものがあることは認める。ただし、それを数字にする努力は続けるべきだ』とのことです」
榊原さんらしい。数字しか見ない人が、数字に載らないものを認めた上で、やっぱり数字にしろと言っている。
「あと、もう一つ」
「まだあるんですか」
「『ノクスさんにチョコレートの追加配給を検討してもよい。人型制御の維持に必要な消耗品として、経費処理可能と判断する』だそうです」
「……」
「月五個まで認めるそうです」
「五個!?」
三個から五個。二個増。ノクスが聞いたら、たぶん毛布が射出される。
「榊原さん、どうしてそんなに柔軟に……」
「さあ。ただ、榊原さんの報告書に、一文だけ追記があったそうです。『修繕費0ポイントの個体が最も
効果的な自主防御を行った点は、費用対効果の再評価を要する』と」
修繕費0ポイントの個体。ノクス。
ノクスが「修繕費0だからってあたしの価値が0なわけじゃない」と言ったあの日。榊原さんは、あれを覚えていたんだ。
数字の人が、数字に載らない一言を、ずっと覚えていた。
そして、チョコレートという数字に変換して返してきた。不器用すぎる。でも、伝わった。




