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終末世界の管理業務。人材より人命が足りていません――欠勤事由:死亡のため  作者: ぶらっくそーど
第一項:死なないこと

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管理者マニュアルには、まだ余白がある②


 巡回を続ける。


 セラの部屋。



「つかさ! おはよ! 今日は空間制御、十割!」


「十割?」


「うん! 完全制御!」


「本当に?」


「たぶん!」


 たぶんが付く時点で十割じゃない。しかし自信があるのはいいことだ。


「セラ、試しに笑ってみてください」


「え? いいの?」


「十割制御なら、笑っても壁にひびが入らないはずです」


 セラが笑った。満面の笑み。


 壁を見る。


 ひびは……入っていない。


「入ってない!」


「入ってないです」


「やった! あたし、笑っても壊さなかった!」


 セラが飛び跳ねた。嬉しくて。


 床にひびが入った。


「……足元」


「あっ」


 壁は守った。床を忘れた。九割九分。残り一分は足元にあった。


「でも壁は守りましたよ。すごい進歩です」


「ほんと?」


「修繕費が壁分だけ減ります」


「やったー!」



 次にメルトの部屋。


 ノートが出てきた。



『おはよう。今日、実験の続き、やっていい?』


「声の実験? やりましょう」


 NT-6200でメルトのエネルギー値を82%まで下げる。安全圏下限ぎりぎり。


「メルト、前回は『あ』一音でした。今日は一単語を目標にしましょう。何を言いますか?」


 メルトがノートに書いた。


『「おはよう」って言いたい。』


「いいですね。いきましょう」


 メルトが目を閉じた。集中している。口を開く。


「お……は……」


 「お」は届いた。「は」も届いた。しかし「よう」が凍った。小さな結晶が唇からこぼれ落ちる。


 二音。前回の倍。


「二音出ました」


 メルトがノートに書いた。手が震えている。


『もう一回。』


「無理しないでください」


『もう一回だけ。お願い。』


 もう一度。エネルギー値を確認。82%。まだ安全圏内。


 メルトが口を開いた。


「お……は……よ……」


 三音。「おはよ」。最後の「う」が凍った。しかし三音。三音が届いた。


「おはよ!」


 ……最後の「う」がない。「おはよ」だ。「おはよう」ではなく「おはよ」。幼児の挨拶みたいだが、メルトの声で聞く「おはよ」は、今まで聞いたどんな言葉よりも重かった。


 メルトの目が濡れていた。無表情のまま。しかし、目尻から一筋、涙が伝っている。


 ノートに書いた。


『聞こえた?』


「聞こえました。おはよ、って」


『うが足りなかった。』


「十分です。明日は四音を目指しましょう」


『……うん。明日は「おはよう」。全部言う。』




 管理者マニュアル(灰嶋版)、第十三項を更新。


 第十三項(更新):メルトのエネルギー値82%で三音まで発声可能。継続研究中。目標:「おはよう」。


 ラグナの部屋。



「今日走れる日!」


「三日に一回のローテーションなので、今日は走れます」


「やったー!」


 ラグナが飛び出した。床に亀裂が走った。部屋を出る前から壊している。


「六割で行きますよ」


「八割がいい!」


「七割で手を打ちましょう」


「やった!」


 交渉成立。いつからラグナはビジネススキルを身につけたのか。


 通路を走る。七割出力。床のひび割れは六割の時より多いが、NT-6200の回収効率が上がったおかげで、エネルギーの吸い上げが速い。94%→87%。三分で安全圏のど真ん中。


「つかさ、まだ走っていい!?」


「数値的にはもう十分なんですが」


「走りたい!」


「じゃああと一分だけ」


「やったー!」


 抽出(ドレイン)目的ではなく、純粋にラグナを走らせるための一分間。修繕費は……考えないことにする。


 走るラグナの背中を見る。小さな背中。あの背中に、結晶の突起を持つ獣の影が映ったことがある。しかし今は、ただの10歳の少女の背中だ。



「つかさー! 見てー! 速いでしょー!」


「速いです。壁を蹴らないでください」


「あっ、ごめーん!」


 壁に人型の凹み。修繕依頼票、今月一枚目。


 日常だ。ここの、日常。


 カイムの部屋。


「おはよう、司くん」


「カイム、今日の予言は?」


「んー。今日は特にないかな。平和な一日だよ」


「助かります」


「あ、でも一つだけ」


「なんですか」


「夕方、ちょっといいことがあるよ」


「いいこと? 前回のいいことはチョコ三個でしたが」


「今回のは、チョコじゃないよ。もっと大きい」


「もっと大きい。カレー?」


「カレーでもない」


「パン?」


「食べ物じゃないよ」


 食べ物じゃないいいこと。この地下生活で食べ物以外のいいことが存在するのか。


「楽しみにしてて」


 カイムの微笑みは、いつもの穏やかなものだった。



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