管理者マニュアルには、まだ余白がある①
六月一日。木曜日。
第七地下区画に配属されてから、ちょうど二ヶ月が経った。
二ヶ月。短いような、長いような。体感としては半年分くらいの密度がある。臨界点を一回、深層漏洩を二回、査察を一回、チョコの交渉を無数に乗り越えた二ヶ月だ。冷静に振り返ると、新卒二ヶ月目でこの経歴は異常だ。履歴書に書いたら嘘だと思われる。書く先がないけど。
朝の端末確認。
<ノクス:91%(安全圏)>
<セラ:89%(安全圏)>
<メルト:85%(安全圏)>
<ラグナ:94%(安全圏)>
<カイム:88%(安全圏)>
全員安全圏。D-07の封印は、前回の戦いの後に氷室たちが再補修し、現在は+55%まで回復している。漏洩の気配はない。
今月の配給品にチョコレートが三個入っていた。先月の先払い分はゼロ。つまり、三個まるまるノクスのものだ。
朝一番にノクスの部屋に行った。
「ノクス、チョコです。三個」
「……!!」
ノクスが毛布の中から勢いよく飛び出し、毛布がばさりと宙に舞った。金色の瞳が全開。目の前に差し出されたチョコレートの箱を凝視している。
「……三個」
「三個です」
「三個?」
「三個です」
「……さんこ」
数え方が赤ちゃんになった。
箱を受け取ったノクスは、しばらく箱をじっと見つめ、それから一個だけ取り出して銀紙を剥いた。もぐもぐ。
「……おいしい」
残りの二個は、箱に入れたまま枕元に置いた。
「取っておくんですか」
「……うん。今日一個。明日一個。あさって一個」
「三日で全部食べるの変わんないですけど」
「うるさい。あたしの三個なんだからあたしの好きにする」
ノクスの計画性は三日間。四日目以降は考えていない。忘却の魔王の未来設計は、チョコの在庫日数で測られる。
「銀紙」
「はい」
銀紙を受け取り、裏に小さな字で書き始めた。日付と、何か。
覗こうとしたら、手で隠された。
「見ないで」
「すみません」
「……べつに、変なこと書いてない。ただの……メモ」
覚えていたいものリスト。ノクスだけの記憶の保管庫。覗く権利は俺にはない。




