返答は48時間以内。ただし、深層は待ってくれない⑥
上層部からのメッセージ。
<緊急異議申し立て(就業規則第4812条)に関する回答>
来た。48時間より早い。漏洩の最中だったから、判断が早まったのか。
<灰嶋司殿>
<貴殿による緊急異議申し立てを受理し、審議いたしました。>
<審議の結果、以下の通り決定いたします。>
<1. 第七地下区画の変位個体5体の分散移管は、一時停止とする。>
分散移管が、一時停止。
<2. 一時停止期間中、第七区画の管理体制および深層封印の状況を継続的に評価し、最終判断を行う。評価期間は3ヶ月間とする。>
三ヶ月間の猶予。
<3. 本日発生した深層漏洩において、第七区画の変位個体5体が相互連携により深層の干渉を自主的に防御したことを確認。この事実は、5体の同一区画収容による安全管理上の利点を示すものと認められる。>
認められた。彼女たちが自分たちで戦ったことが、評価された。
<4. なお、本申し立てに伴い、灰嶋司殿には就業規則第4812条第3項に基づく即時退職の権利が発生しております。行使を希望される場合は、本メッセージへの返信にてお知らせください。>
退職の権利。
ここにいる理由が「他に選択肢がないから」だった頃なら、この一文に揺れたかもしれない。
今は揺れない。
返信を打った。
<退職の権利は行使しません。引き続き、第七地下区画管理者として勤務します。>
送信。
「……カイム」
「はい」
「通ったよ。三ヶ月の猶予がもらえた。分散移管は、一時停止」
カイムが、にっと微笑んだ。
「知ってたよ」
「知ってたって、いつから?」
「三秒前から」
「ははっ……なんだよ、それ。意味の無い予知だな」
「ほっとする予知でしょ」
「ああ、今はちょっとほっとしてる。そして――みんな!」
俺はリビングに向かって声を上げた。
これだけの大声を出すのは初めてかもしれない。この区画で。
「通った! 分散移管、止まった! 三ヶ月の猶予がもらえた!」
一瞬の沈黙。
そして、まずラグナが跳ねた。
「やったー!!」
床が割れた。派手に。修繕費がまた増えた。
セラも満面の笑みを浮かべた。
「つかさ! やった!」
壁にひびが入った。今日ひびを入れないと決意していたのに。でも、いい。今日は許す。
メルトがノートを掲げた。
『やったね。』
二文字。しかしインクが少し滲んでいた。手が震えていたからだ。嬉しくて。
ノクスが毛布の中から声を出した。
「……ふーん。じゃ、あたし、ここにいていいんだ」
「いていいです」
「……ふーん」
毛布が少し動いた。
「……よかった」
三回目ではなく、もう数えるのはやめた。ノクスの「よかった」は、聞こえた時にそのまま受け取ればいい。
端末に業務日誌を入力した。
<業務日誌 50億2025年5月17日 灰嶋司>
<本日の業務内容:深層漏洩対応(D-07・第二次)、緊急異議申し立て審議結果の受領>
<対応内容:変位個体5体による自主防御と、管理者による抽出の同時運用。5体の連携により、深層からの干渉信号を無力化。エネルギー波7回を防御し、全個体を蓄積域以下に維持。>
<審議結果:分散移管一時停止(3ヶ月の評価期間)。>
<退職権利:発生。行使せず。>
<被害:通路床面全損、壁面ひび割れ多数、ラグナの89%新記録、ノクスのチョコ在庫ゼロ(緊急配給要請中)>
<所感:ここにいる。明日も、来月も、三ヶ月後も。>
自動返信。
<お疲れ様でした。退職届の提出に必要な臨界点生存実績は1/3のままです(本件も臨界点未到達のため加算されません)。ただし、即時退職の権利を既にお持ちです。ご利用をお待ちしております。>
利用しない。待ってても来ない。
このAIアシスタント、退職を推奨しすぎだろう。たぶんD-07よりこいつのほうが俺の敵だ。




