返答は48時間以内。ただし、深層は待ってくれない③
午後二時。
来た。
照明はちらつかなかった。停電もなかった。今回は前回より静かだった。
静かだが、確実に何かが変わった。
最初に気づいたのはカイムだった。
リビングでソファに座っていたカイムが、突然立ち上がった。
「司くん」
声がいつもと違う。緊迫している。カイムが緊迫した声を出すのは、初めてだ。
「三秒後。全員のエネルギーが跳ねる。一気に」
三秒。
一秒目。端末を開いた。
二秒目。モニタリング画面を表示した。
三秒目。
数値が、全員同時に跳ね上がった。
<ノクス:93%→118%>
<セラ:91%→115%>
<メルト:88%→109%>
<ラグナ:95%→131%>
<カイム:90%→112%>
一瞬で。一瞬で全員が蓄積域を超え、ラグナに至っては警戒域を突破している。
前回の漏洩は、じわじわとエネルギーが上がるパターンだった。今回は違う。一撃で叩き上げてきた。
「これは――」
「波だよ」
カイムが言った。目が二色になっている。右目が紫、左目が銀。制御が揺らいでいる。
「下から、エネルギーの波が来てる。一回で終わりじゃない。次の波が来る」
嘘だろ、おい。
「次は、いつ?」
「……分からない。三秒より先が見えない。時間がぐちゃぐちゃになってる」
三秒の予知すら不安定になっている。D-07の干渉が、カイムの能力そのものを歪ませている。
ラグナが131%。前回の初期値より高い。しかもこのペースなら、次の波で150%を超える。
全員を抽出室に集めた。
「前と同じだ。巡回抽出で――」
「違う」
ノクスが毛布の中から声を出した。いつもの気だるい声ではない。冷たい、しかし明瞭な声。
「前と同じじゃダメ。前は、下から漏れてただけ。今回は、狙われてる」
「狙われてる?」
「あたし分かる。下のやつ、あたしたちの制御を壊そうとしてる。一人ずつ、順番に」
ノクスが毛布から顔を出した。金色の瞳が、俺をまっすぐ見ている。ノクスがまっすぐ人の目を見ることは滅多にない。
「あんたが順番に抽出しても、下のやつが順番に壊しにくる。いたちごっこ。時間切れまでやるつもりなんだよ、あいつ」
いたちごっこ。前回のモグラ叩きより質が悪い。モグラ叩きは自然発生だったが、今回は相手に意志がある。こちらが叩く順番を見て、隙のある個体を狙ってくる。
「じゃあ、どうすればいい」
「あたしたちが、自分で抑える」
「自分で?」
「抽出はつかさがやって。でも、下からの干渉は、あたしたちが自分で弾く。あんたは知らないだろうけど、あたしたちにもできることがあるんだよ。自分の制御を、自分で守ること」
ノクスが、立ち上がった。
毛布を脱いだ。
初めて見た。ノクスが毛布なしで立っている姿。黒いゴシックドレスの小さな体。白い肌。金色の瞳。14歳程度の少女。
しかし、立ち上がったノクスには、いつもの気だるさがなかった。
「セラ」
ノクスがセラの名を呼んだ。
「あたしが【忘却の波】を使って、下からの干渉を部分的に消す。あんたは空間の歪みを使って、消しきれなかった分を区画の外に逃がして」
「できる……かも。やってみる」
「メルト」
メルトがノートを掲げた。
「あんたの凍結能力で、区画内のエネルギーの流れを遅くして。凍らせるんじゃなくて、流速を落とすの。深層からの波が届く速度が落ちれば、あたしとセラの処理が間に合う」
メルトがノートに書いた。
『やれる。たぶん。声を出し続ける必要があるけど。』
「喉は?」
『痛くなる。でも、いい。今はそれどころじゃない。』
「ラグナ」
ラグナが顔を上げた。膝を抱えていたが、泣いてはいない。
「あんたは走って。全力で。エネルギーを出し続けて。あんたが放出するエネルギーの波が、下からの波と干渉して、少しだけ打ち消し合う。大きな音で小さな音をかき消すみたいに」
「わかった! 走る!」
「カイム」
カイムが微笑んだ。右目は紫に戻りかけている。
「わたしは?」
「あんたは時間を見て。三秒でいい。次の波がいつ来るか、あたしたちに教えて。タイミングが分かれば、合わせられる」
ノクスが、全員に指示を出している。
驚いた。
いつも毛布に丸まってチョコをねだっていたノクスが、五人のリーダーとして采配を振っている。
「ノクス、お前、そんなことできたのか」
「できるかどうかは知らない。やったことないから。でも、あたしたちは100年以上ここにいる。あんたが来る前から。あんたが来る前にも、下からの干渉はあった。あの頃は管理者がすぐいなくなったから、自分たちでなんとかしてた」
100年以上。俺が来る前の、管理者不在の期間。その間、彼女たちは自分たちだけでD-07の干渉に耐えていたのか。
「ただ、自分たちだけだと限界がある。だから管理者が必要なの。抽出は、あたしたちには自分でできないから」
「分かった。抽出は俺がやる。防御はお前たちに任せる」
「うん。じゃあ、やるよ」
ノクスが手を上げた。
小さな手だった。チョコをねだり、銀紙に思い出を書く、14歳の少女の手。
その手が、淡い金色の光を帯びた。




