上が決めて、下が壊れる。いつものことだが、今回は壊させない①
事務室に戻り、端末を開いた。
就業規則第4812条。緊急異議申し立てフォーム。
申立者:灰嶋司(第七地下区画管理者)
申立対象:社内通達第4,812,006,402号(変位個体分散移管決定)
申立理由:
ここからだ。
俺は、書き始めた。
――――――――――――――――――――
申立理由:第七地下区画収容の変位個体5体は、単体での管理よりも、5体が同一区画に収容され、同一の管理者が管理する現行体制の方が、以下の三点において優位であり、分散移管は組織全体の安全管理体制を後退させるものです。
第一に、危機対応における相互補完。
50億2025年4月12日に発生した臨界点(004・ラグナ)においては、002(セラ)による空間接続での通路延長、003(メルト)による凍結能力での通路補強が鎮圧に不可欠でした。単体での収容では、これらの連携は実現できません。
第二に、5月2日に発生した深層大規模漏洩においては、005(カイム)の未来予知によるエネルギー急変の早期警戒、003(メルト)のリアルタイムモニタリングが、全5体のエネルギー値を蓄積域内に維持する上で決定的な役割を果たしました。この連携がなければ、臨界点が複数同時発生していた可能性があります。
第三に、人型制御の安定性。
人型制御は個体の精神状態と連動します。5体は現行の区画環境および管理者との関係において高い精神的安定を維持しており、分散移管による環境変化は人型制御の不安定化リスクを伴います。
――――――――――――――――――――
書いた。書いたが、足りない気がする。
数字は揃えた。データは揃えた。論理は通っている。
しかし、この申立書が上層部に届いた時、200歳超えの局長が読むのは数字と論理だけだ。100年間現場を見ていない人間が、この文章を読んで、何を思うか。
たぶん、「合理的だが、分散移管のほうがリスク管理としては安全」と判断する。数字の上では、D-07の影響範囲外に移すほうが確実だから。
数字の上では。
でも、数字に載らないものがある。
俺は、申立書の末尾に一段落を追加した。
――――――――――――――――――――
最後に、数字では示せないことを一つだけ申し上げます。
第七区画の5体は、この環境で「ここにいていい」と感じています。根拠はありません。データもありません。しかし、チョコレートをねだる忘却の魔王も、笑顔で壁にひびを入れる勇者も、ノートで「ありがとう」と書く魔女も、走ることが好きな獣も、明日のことを今日教えてくれる魔法少女も、ここにいる時が一番安定しています。
私は、この5体の管理者として、ここで管理を続ける意思があります。
灰嶋司
――――――――――――――――――――
読み返した。
最後の段落は、申立書に書くような文章じゃない。数字がない。根拠がない。ビジネス文書としては失格だ。
でも、これが俺の言いたいことだ。
送信ボタンを押した。
押した後、何かが変わった気がした。変わったというより、はっきりした。
俺は、ここにいたい。
ここで、彼女たちと一緒に、世界で一番割に合わない仕事を続けたい。
それは、他に選択肢がないからじゃない。
この一ヶ月半で、ここが俺の場所になったからだ。
カイムの予言通り、笑っていた。




