上が決めて、下が壊れる。いつものことだが、今回は壊させない②
メルトの声の研究も少しだけ進んだ。
戸波さんに相談し、過去のメルトの抽出データを分析した結果、面白いことが分かった。
メルトの能力は「音を凍結させる」が、凍結の強度はエネルギー値に比例する。エネルギー値が高い時ほど声は大きく凍り、低い時ほど凍結は弱い。
つまり、エネルギー値を極端に低く下げた状態なら、声の凍結が弱まる可能性がある。
「メルト、実験していいですか」
メルトがノートを掲げた。
『実験?』
「エネルギー値を80%ぎりぎりまで下げた状態で、声を出してみてほしい。凍結が弱まるかもしれない」
メルトの目が、ほんの一瞬、大きくなった。
『やってみたい。』
NT-6200でメルトのエネルギー値を慎重に下げる。通常は90%前後で止めるが、今回は82%まで下げた。安全圏の下限ぎりぎり。
「メルト、何か一言、喋ってみてください」
メルトが目を閉じた。
口を開いた。
「――あ」
声が出た。
凍った。凍ったが、いつもとは違った。結晶が小さい。粉雪よりも細かい、ほぼ霧のような結晶が、唇からふわりと漂った。
そして――その霧の中に、かすかに、声が残っていた。
「あ」
聞こえた。メルトの声。凍りきっていない、生の声の残響。小さい。吐息と区別がつかないほど小さい。しかし、確かに、「あ」という音が聞こえた。
メルトの目が見開かれた。
「……きこえた?」
凍った。今度はいつも通り、しっかり凍った。感情が動いたせいでエネルギーが微増し、凍結強度が上がったのだ。
しかし、一瞬だけ。一言だけ。声が届いた。
メルトがノートに書いた。手が震えている。
『聞こえた? わたしの声、聞こえた?』
「聞こえました。『あ』って」
『……あ、だけ?』
「一音だけですが、確かに聞こえました」
メルトがノートを閉じた。テーブルの上にペンを置いた。両手で顔を覆った。
泣いているのだろうか。表情が見えない。
しばらくして、手を下ろした。顔は無表情だった。しかし、目の縁がわずかに赤い。
ノートに一行だけ書いた。
『ありがとう。一音だけでも、うれしい。』
一音。たった一音の声。
しかしメルトにとって、それは100日分のノートに匹敵する価値だったのかもしれない。
「もう少し研究します。いつか、一言分くらいは出せるようになるかもしれない」
『うん。待ってる。』
管理者マニュアル(灰嶋版)に追記した。
第十三項:メルトのエネルギー値を82%まで下げると、声がわずかに凍結を免れる。要継続研究。




