上が決めて、下が壊れる。いつものことだが、今回は壊させない①
二週間が経った。
D-07の封印補修から十四日。漏洩は再発していない。エネルギー値は全員安定。抽出装置NT-6200は快調。非常灯は通常灯に戻り、認証パネルも復旧し、事務室の蛍光灯は三本中二本が点灯するようになった(一本は切れたまま。申請中)。
日常が戻ってきた。
ただし「戻ってきた」というのは語弊がある。NT-6200のおかげで、以前より良くなった部分もある。
たとえば、ラグナの抽出。
NT-6200の個体別プロファイルが優秀で、ラグナが椅子に座ったままでもそこそこ効率的にエネルギーが下がるようになった。走らなくても安全圏に収められる日が増えた。
ただし、ラグナ本人はそれが不満だった。
「走りたい!」
「今日はエネルギー値97%だから、抽出の必要もないくらいです」
「抽出じゃなくて走りたいの! 走るのが好きなの!」
「走ると通路が壊れます」
「壊れてもいいでしょ!」
「修繕依頼を書くのは俺です」
「つかさの仕事でしょ!」
俺の仕事だ。間違いない。間違いないが、仕事量を自分で増やす趣味はない。
結局、三日に一回、六割出力で走らせることにした。抽出目的ではなく、ラグナの精神安定のため。走ることがラグナの感情を安定させるなら、それは人型制御の維持に繋がる。修繕費は経費、走りは福利厚生。そう考えれば、書類上の辻褄も合う。
チョコの件も落ち着いた。五月の配給品が届き、チョコレート三個が支給された。先払い分の二個を差し引いて、手元は一個。
ノクスに渡した。
「……一個」
「一個です」
「先月は一個半だった」
「先月は先月、今月は今月です」
「……来月は?」
「来月は三個全部ノクスのです。先払いなし」
「…………」
ノクスが毛布の中で小さく動いた。
「……三個」
「三個です」
「……ふーん」
金色の瞳がきらきらしている。チョコレート三個で輝く【忘却の魔王】の瞳。世界の認知を消す力を持つ存在が、チョコの個数で一喜一憂している。
ちなみに、銀紙はきちんと回収して渡した。ノクスは銀紙の裏に小さな字で何かを書いて、枕元の箱に入れた。
覚えていたいものリスト。忘却の魔王の、ささやかな抵抗だ。




