応援部隊が来た。解決ではなく、問題を持ってきた⑥
応援部隊が撤収した。
大鉄の設置したNT-6200が、抽出室で静かに稼働している。画面のカラフルなグラフが、五人のエネルギー値をリアルタイムで表示している。
全員、安全圏。封印補修の効果で、共鳴現象は収まっている。
夜。リビングスペースで、珍しく全員がくつろいでいた。
ノクスがソファで毛布に丸まっている。セラがキッチンで水を汲んでいる。メルトがテーブルでノートを書いている。ラグナがNT-6200の椅子のふかふかを気に入って、抽出室から出てこない。カイムがソファの端で微笑んでいる。
平穏だ。嵐の後の平穏。
「ノクス」
「……なに」
「来月のチョコの件、整理しました。三個届いて、先払い分の二個を差し引いて、手元に来るのは一個です」
「だから、それが少ないって」
「少ないのは認めます。しかし、契約は契約です」
「契約なんか結んでない」
「口約束も契約です」
「じゃあ、契約書出して」
「148ページの申請書を書きますか?」
「……めんどい。一個でいい」
契約交渉、決裂ではなく妥協で決着。ノクスとの平和的解決は、深層の封印補修より難しいかもしれない。
メルトがノートを掲げた。
『今日、大変だったね。つかさ、おつかれさま。』
「ありがとう。メルトもモニタリング助かりました」
『そういえば、新しい装置、ブザー凍らない?』
「消音設定がデフォルトです。凍りません」
『よかった。文明の進歩だね。』
文明の進歩。メルトが文明を評価する基準は、ブザーが凍るかどうかだ。
セラが水を持ってきた。
「つかさ、水。さっきから飲んでないでしょ」
「ありがとうございます」
「あと、壁のひび、さっき数えたら今日だけで七箇所増えてた。ごめんね」
「修繕依頼書きますよ」
「つかさって、修繕依頼を書くのが趣味なの?」
「趣味ではないです。義務です」
「でも、嫌がってないよね」
「……嫌がったところで壁は直らないので」
セラが笑った。壁にひびが入らなかった。安心の笑顔だ。
カイムが口を開いた。
「司くん」
「はい」
「今日来た人たち、いい人だったね」
「いい人かどうかは分かりませんが、仕事はできる人たちでした」
「うん。でも、一つだけ気になることがある」
「なんですか」
「あの人たちが言ってた『分散移管』。あれ、なくなったわけじゃないよ」
「……分かってます」
「次に大きな漏洩が起きたら、上は本気で検討する。わたしには、その未来が見えるよ」
カイムの目が、少しだけ遠くなった。
「でもね、その未来には、司くんがいる。司くんが何かを言ってる。何を言ってるかまでは見えないけど、すごく真剣な顔をしてる」
「……いつですか」
「分からない。でも、そんなに遠くない」
遠くない未来に、俺は何かを言う。分散移管を止めるために。彼女たちを守るために。
何を言うんだろう。今の俺には分からない。
でも、その時が来たら、俺は言うべきことを言うだろう。
管理者マニュアル(灰嶋版)に書くべきことは、いつも、その瞬間に分かるから。
端末に業務日誌を入力した。
<業務日誌 50億2025年5月2日(続報) 灰嶋司>
<深層対応専門部署による対応完了。封印強度40%引き上げ。抽出装置NT-6200に換装完了。>
<D-07の【虚構の設計者】が上層の人型制御に意図的に干渉している可能性あり。>
<分散移管の提案あり。反対意見を提出済み。上層部の判断待ち。>
<所感:この区画を守る。この五人を守る。>
自動返信。
<ご報告ありがとうございます。なお、携帯型抽出ユニットは応援部隊の撤収に伴い回収されました。次回使用をご希望の場合は、500万ポイントでの購入申請が可能です。>
500万ポイント。520年ローン。
買えない。一生かかっても買えない。二生かかっても買えない。
でも、NT-6200がある。ガムテープもある。新品の防護スーツもある。来月にはチョコが三個届く(うち二個は先払い済みだが)。メルトのノートは八冊ある。
そして俺は、ここにいる。
それだけあれば、たぶん、足りる。




