応援部隊が来た。解決ではなく、問題を持ってきた⑤
夕方。
氷室と水無瀬が下層から戻ってきた。
氷室の白衣が汚れていた。埃と、何か青黒い液体。深層の空気は上層とは違うらしい。
「封印補修、完了しました」
「お疲れ様です」
「D-07の封印強度を40%引き上げました。これで、当面の漏洩は抑えられるはずです。ただ」
「ただ?」
「40%の引き上げは、あくまで応急処置です。根本的な封印の再構築には、上層部の承認と、大規模な工事が必要です。それには――」
「7~10営業日?」
「いえ、数ヶ月単位です」
数ヶ月。
「その間に漏洩が再発したら?」
「僕らがまた来ます。次はもう少し早く到着できるように調整します」
「二時間より早く?」
「一時間半を目指します」
30分短縮。ありがたいが、劇的ではない。
「それと、灰嶋さん」
氷室が真剣な目で俺を見た。
「深層に降りた時、D-07の封印の状態を直接見ました。封印は健在ですが、内側から……何かが、試みています」
「試みてる?」
「封印に触れているんです。内側から、指で壁を撫でるように、封印の隙間を探っている。カイムさんが『試してる』と言ったのは、正確でした。あれは、知性を持った行動です」
知性を持った行動。D-07の【虚構の設計者】が、意志を持って封印を探っている。
「何が目的ですか」
「分かりません。ただ、上層の変位個体に干渉しているのは、偶然ではなく意図的である可能性がある。人型制御を揺らがせることが目的なのか、それとも別の何かなのか」
「別の何か?」
「呼んでいる、という可能性です。上層の変位個体を、自分の元に」
呼んでいる。カイムが言っていた「引っ張られてる感じ」。ノクスの「下がうるさい」。あれは、D-07からの呼び声だったのか。
「彼女たちを呼んで、どうするんですか」
「最悪のシナリオは、上層の変位個体の人型制御を崩壊させ、【真の姿】を解放させること。【真の姿】同士が共鳴すれば、D-07の封印を外側から破壊できる可能性がある」
背筋が凍った。
彼女たちの人型制御を崩壊させて、【真の姿】を解放させる。それが、D-07の目的。
ラグナの影が獣の形になったのは、D-07がラグナの制御を崩そうとしていたからだ。カイムの時間が重なったのも。ノクスの瞳の裏に見えた底のない黒も。
全部、D-07の仕業。
「……それを防ぐには?」
「二つ。封印を強化し続けること。それと、上層の変位個体の人型制御を安定させ続けること」
「人型制御の安定。つまり――」
「灰嶋さんが今やっていることです。個体の感情を安定させること。それが、人型制御を内側から支える」
俺がやっていること。チョコを渡す。ノートを補充する。一緒に走る。つまらない話をする。査察ボーナスのネタで笑わせる。
それが、D-07の陰謀に対する最前線の防衛策だった。
「灰嶋さん」
「はい」
「分散移管の件。今日見た限り、僕はあなたの意見に賛成です。この五体を分散させるのは、リスクが高い。管理者と個体の信頼関係が人型制御の安定に寄与しているのは、データを見なくても分かります」
「ありがとうございます」
「ただ、上層部がどう判断するかは僕には決められません。僕は技術的な意見を述べるだけです。判断は上のレベル5の仕事です」
レベル5。200歳超えの局長二人。会ったことも見たこともない。
「局長は現場を見に来ることはあるんですか」
「ないです。太陽再構築以来、一度も」
「100年間、一度も現場を見てないんですか」
「ええ」
この組織の最高意思決定者が、100年間現場を見ていない。
なるほど、ファスナーが壊れた防護スーツが支給されるわけだ。




