午前九時、地下117階の管理棟に、地獄が出勤してきた①
五月二日。火曜日。
カイムの「来週、たぶん、また何かある」発言から、四日が経過していた。
月曜は何もなかった。火曜の朝も、目覚ましのアラームが鳴るまでは、何もなかった。
午前7時00分。アラームを止め、起き上がり、配給品の朝食パックを開けた。栄養ブロック三本、水500ml、味なし。
齧りながら端末を確認する。エネルギーモニタリング、全員安全圏。気温正常。重力正常。時間正常。
平和だ。
平和すぎて――いや、もうこの感覚にも慣れてきた。平和すぎる時は、たぶん、明日か明後日に何か来る。
来週金曜のいいことがチョコ三個だったので、来週火曜の何かもチョコ三個くらいだといいんですが――と願いつつ、防護スーツに袖を通した。新品、ファスナーが動くというだけで、文明を感じる。
午前7時45分、事務室に出勤。
午前8時00分、戸波さんと朝のミーティング。
午前8時30分、巡回開始。
ノクスの部屋。
「ノクス、生存確認です」
「……いきてる」
通常運転。
セラの部屋。
「つかさ! おはよ!」
「おはよう。空間の制御は?」
「九割五分!」
通常運転。
メルトの部屋。
ノートが差し出された。『おはよう。異常なし。』
通常運転。
ラグナの部屋。
「つかさー! 今日も走っていい!?」
「いいですよ。六割で」
「はーい!」
通常運転。
カイムの部屋。
「おはよう、司くん」
「カイム、時間の重なりは大丈夫ですか」
「うん、今日は普通だよ。時間が一本道」
通常運転。
全員、通常運転。
そして、午前8時45分。
俺が事務室に戻り、コーヒーの代わりの白湯を飲もうとした、その瞬間。
区画全体の照明が一斉に消えた。
暗転。
完全な暗闇。
地下117階に、自然光は一切ない。蛍光灯が消えれば、闇しか残らない。
「……」
手元の端末が点灯した。バッテリー残量42%(相変わらず増えない)。画面の青白い光だけが、事務室の輪郭を浮かび上がらせる。
次の瞬間、端末から大音量の警報が鳴った。
<緊急警報>
<深層層・封印区画D-07より、大規模エネルギー漏洩を検知>
<漏洩規模:高>
<影響範囲:第三~第十二地下区画>
<全管理者は所属区画にて待機してください>
<区画封鎖を準備します>
<繰り返します。区画封鎖を準備します>
来た。
いや、来るのは予想していた。予想していたが、出勤して45分で来るとは思っていなかった。せめて午前の抽出一回分は終わらせてからにしてほしい。
戸波さんからメッセージ。
<灰嶋くん、無事ですか>
「無事です」と返信。
<こちらも無事です。停電は区画全体ですが、非常電源で照明と装置は復旧予定。ただし、深層対応専門部署の応援部隊は到着まで2時間かかります>
「2時間」
<申し訳ない>
申し訳ないで済む話ではないのだが、戸波さんに当たっても仕方がない。
非常電源が起動した。蛍光灯が一本おきに点灯する。事務室が薄暗い緑色の光に包まれた。映画のホラーシーンに使う色だ。
収容エリアに走った。




