平穏は前借り。利息は割増で請求される⑤
その夜。
各個体の部屋を確認した。
ノクスは寝ていた。いつも通り。エネルギー値は95%。安全圏。
セラはベッドに腰掛け、ぼんやり壁を見ていた。エネルギー値は93%。安全圏。
メルトは本を読んでいた。配給品の電子書籍。エネルギー値は88%。安全圏。
ラグナは部屋の中をぐるぐると歩き回っていた。走ってはいない。歩いている。エネルギー値は98%。安全圏ぎりぎり。
カイムはソファに戻った。
全員、安全圏内。
しかし、全員、いつもと違う。
ノクスの寝息は普段より浅い。
セラの目には焦点がない。
メルトの読んでいる本のページは、5分間めくられていない。
ラグナはぐるぐるとフローリングに薄い円を描いている。
カイムは何かに耳を澄ませている。
区画全体が、息を潜めている。
下から来る何かに、警戒している。
戸波さんに連絡した。
<時間遅延現象を検知。カイムの制御が一時的に揺らいでいる。他の個体も全員、平時と異なる挙動。エネルギー値はいずれも安全圏。>
返信。
<上層部に報告しました。来週、深層対応の専門部署が現地調査に入る予定です。それまでは現状維持でお願いします。>
深層対応の専門部署。そんな部署があったのか。あったなら、もっと早く動いてほしかった。
<現状維持の具体的な指示はありますか>
<変位個体の感情を安定させること。エネルギー値の管理。それだけです。>
それだけ、と言われても、それが一番難しい。
管理者マニュアル(灰嶋版)を開いた。先週までに書いた十一項目。
第一項:死なないこと。
第二項:チョコを切らさないこと。
第三項:彼女たちの話を聞くこと。
第四項:メルトのノートは絶対に切らさないこと。
第五項:ラグナが怖がっていたら、一緒に走ること。
第六項:セラの力は壊すだけじゃない。
第七項:ノクスの銀紙は捨てないこと。
第八項:カイムの予言は、信じたほうがいい時もある。
第九項:深層の情報を集めること。知らないことが一番危ない。
第十項:査察官が来ても、彼女たちを守ること。
第十一項:彼女たちの本当の姿を知ること。怖くても。
全部、感情の安定に繋がる項目だった。
戸波さんは「彼女たちが『ここにいていい』と思える環境を維持しろ」と言った。それが人型制御の維持に繋がると。
俺がやってきたことは、全部、それのためだった。意図せずに、結果的に。
第十二項を書き加えた。
第十二項:いつも通りやること。下から何が来ても。
保存して、端末を閉じた。




